2017-06

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◆◇カリブの狼◇◆<第1話>

カリブ海に浮かぶ島国の中に、アクロチカとフォルサレムという国があった。
青い目を持つアクロチカの住人と、緑の目を持つフォルサレムの住人。
どちらも小さな島国だが、友好的な港が開かれ、富んだ国だった。
そして世はロマンと宝を求めた海賊が蔓延る、大航海時代――――。



「パール姫様、宴の準備が整いました。どうぞ、甲板の方へお越しください。王子様がお待ちでいらっしゃいますよ」
カリブ海に浮かぶ一艘の船の中、普段よりも豪華なメイド服へ身を包んだ付き人が、鏡台の前で鏡と向き合う一人の女性へ声をかける。
メイドの立つドアの向こう側から聞こえてくるのは、規則正しい波の音とざわざわとした喧騒だ。
時折聞こえてくる楽器の音は、この後演奏される曲目で使用されるものだろうか。
この船全体を、落ち着かない空気が満たしている。
ただそれは、喜びと活気に満ちた人々の声が混ざり合い、決して不快なものではないはずだった。
しかしそんな活気とは裏腹に、声を掛けられた張本人は、鏡を睨みつけるように身動ぎをしない。
「…姫様?」
返事をしない彼女へ向かい、メイドが再度心配げな声をかけた。
その呼びかけにはっとしたように、慌てて鏡からから目をそらし声の主を目に留める。
「…わかりました。すぐ行くわ」
力なくそう呟くと、パールと呼ばれたこの人物は鏡台の前に向き直り、姫と呼ぶには相応しくないほど顔を顰めた自分の姿に、一際大きなため息をついた。



カリブ海に浮かぶ島々の中に、アクロチカとフォルサレムという国があった。
島国の特性ともいえる漁や、熱帯気候による植物の多様化により、両国は富んでいた。
それぞれの国で頻繁に開かれる市では、国の人間だけではなく大陸間を移動する商船の船員たちの姿を見かけることも多かった。
羽振りも良く、また外国の珍しい品物を持ち込む船乗りたちは歓迎され、島の市場はいつも賑わいが絶えなかった。
カリブ海諸国の中でも国土の広い両国は、カリブ海の中心的な存在ともいえただろう。
外国船の来航が頻繁なこの地域で絶えず起こっていた諸国間の争いが全くと言っていいほどに無くなったのは、この両国が結んだ共和同盟の力が大きかったに違いない。
そして今日は、その同盟の象徴とも言えるある儀式…両国の王子と姫の結婚の前祝いの式典が、カリブ海に浮かぶ豪華客船で今まさに始まろうとしていた。



膨れっ面をした娘の待つ船内の一室に、大柄な男性が足を踏み入れる。
体格もさることながら、小さな島国はいえ目まぐるしく変わる情勢を抑えて一国を治める王としての貫録が男からは溢れているようだった。
しかしそんな男も、愛娘の前ではただの父親でしかない。
豪奢なドレスに身を包んだ娘を見れば、たちまち相好を崩した。
「おお、パール!いつ見ても綺麗だが今日のお前はますます綺麗だ。私の娘とは到底思えんなぁ」
そう満足そうに言って嬉しそうに笑う男を睨み付けて、パールは尚も不機嫌な声を上げる。
「あんなに嫌だって言ったのに!私は自分が決めた人と結婚したいの!!お父様なんかもう知らない!!」
「…そう怒らんでくれよ、王族の定めだ。あちらの王子様も、お前のことを気に入ってくださっているようだし…。同盟国の王子様と結婚できるんだ、幸せなことだろう?」
幼いころから頑固な娘を説き伏せる労力と、今日まで繰り返された言い合いの数々を思い出し、王は困ったように苦笑して言う。
パールは下手な作り笑いを浮かべる父親をいっそう強く睨むと吐き捨てるように言った。
「私にとっては幸せでもなんでもないわ。妹のリィナのほうが立派な姫じゃない。私なんかを嫁に出すより、リィナを嫁に出した方がこの国にとってはいいと思うけど?」
「リィナはまだ幼いだろ、結婚するには早過ぎる。それにもう決まったことだ。一国の姫が我が儘を言うんじゃない、パール」
この期に及んで諦めが悪いとは思っていたのだろう、パールもそれ以上の口答えはしなかった。
それでも不満が解消されたわけではないらしく、相変わらず口調は不機嫌なままだ。
「…何しに来たのよ」
「うん…これをお前に、やろうと思ってな」
不機嫌そうに顔を背けたパールに、男は真っ白に光り輝く真珠のネックレスを差し出した。
「我が国の自慢の真珠だ・・。お前のその青い目に似合うと思ってな」
それを娘の首にかけてやるとそっぽを向いている娘に声をかける。
「早く来いよ、王子様を待たせたら悪いだろう」
父親が出て行ったのを確認すると、パールはもう一度鏡台の鏡に映る自分の姿を見つめた。
透き通るほど真っ白な肌に、ゆるいウェーブのかかった栗色の髪。
そして空よりも青い瞳。不機嫌な顔をしていても、高貴な姫らしい整った顔立ちだった。
今しがた父親から与えられた真珠のネックレスが、胸元で気品のある光を浮かべて光る。
ただその輝きも、パールの心を晴らすのには全くと言っていいほど役に立たなかった。
最後にまた一つ深いため息をつくと、未来の夫となるであろう王子がいる甲板へ、重い足取りで向かった。



船室のドアを開けると、一人の男が手を中途半端に伸ばしたまま驚いたような顔をして立っていた。
どうやら自分が開けようと手を伸ばし掛けていたドアが内側から開いたので驚いたらしい。
それでも、室内から出てきたのがパールだと分かるとドアが閉じないよう片手で支える。
「パールさん、ちょうど良かった。今呼びに伺おうと思っていたところなんですよ」
「お手数をかけさせてすみません、ロビンソン王子様」
「やだなぁ、改まって王子なんてつけないで下さいよ。ロビンソンで結構です、パールさん」
そういうと、男は新緑の若葉のような緑色の目を細めて照れたように笑う。
この長身で濃い茶色の髪をした男こそ、隣国・フォルサレムの王子だった。
歳はパールより1つ上だが、どこか幼さが残る顔立ちをしている。
結婚に乗り気でないパールに対し、ロビンソンは心よりこの結婚を望んでいるようだ。
それが申し訳なくもあり、二人で話すことに気まずさを覚えたパールは先に立って歩き始めた。
「甲板に行きましょう。きっと皆さん待っているわ」
――――その時だった。

凄まじい爆音が響き渡ったかと思うと、船体が大きく揺れた。
「ッ…何?!」
階段をのぼりかけていたパールは、大きくふらつくと辛うじて手すりにしがみ付く。
慌てて周りを見回すと、船尾のほうから黒煙が上がっているのが見て取れた。
爆発の衝撃により、船はメキメキと不気味な音を立てている。
そういえば、自分の立っているこの階段も斜めに傾いでいるような気がする。
「パールさん!!速くこっちに!!」
声のしたほうを振り返ると、階段の下からロビンソンが手を伸ばしている。
しかし、差し出されたロビンソンの手を取ろうと足を一歩踏み出したその瞬間…再び轟音が船を襲った。
一度目のそれとは比べ物にならないほど巨大な、二度目の爆発の衝撃で――パールは海へと投げ出されてしまった。



その頃、ある船の上では―――
「おーい、酒がねぇから持って来て!!」
「自分で来いよ」
「船長権限」
「そんな権限無ぇよ」
たくさんの男たち。酒の匂い。決して上品とは言えない、騒がしい喧騒。先程までの豪華客船とは大違いだ。
その船のメインマストの先には、漆黒の旗が掲げられていた。
旗の中央には、右目に眼帯、耳には黒いピアスをつけた狼が頭蓋骨に片足を乗せたデザインが描かれている。
紛うことなく、それは海賊船だった。
そしてその船の真ん中あたりで、旗の狼と同じく右目に眼帯をつけ、黒いピアスをつけた茶髪の男が、空になった大きなジョッキを持て余している。
眼帯をつけていない左目は澄み切ったカリブの海のような青さだ。
頭には赤いバンダナを巻き、首には金のペンダントがかかっていた。
「ほらよ、酒くらい自分で取りに来てください。船長さん」
「何だかんだ言って持ってきてくれてありがとうございます」
仲間のわざとらしい敬語に苦笑いで酒を受け取ると、眼帯の男はまた酒に口をつけた。
彼の名はジャック・ウルフ。このウルフ海賊団の若き船長である。
意思の強そうな瞳と日に焼けた肌が印象的な、なかなか男らしい顔つきをしている。
「…飲み過ぎ」
「そぉか?俺はまだいけるぞ」
そういって軽く酒を飲み干し顔をあげると、ジャックは怪訝そうに眼帯をはめていない方の真っ青な目を細めた。
「どうした、ジャック?」
傍で一緒に酒を飲んでいた仲間の一人が訊ねた。
男しか見当たらないこの船で唯一の女性だ。
目鼻立ちの整った美人ではあるが、男だらけのこの場所で育ったせいだろうか。
その精悍な顔立ちは周りの男にも劣らぬものだった。
思わず目を引くような明るいオレンジの髪をしている。
その色が、不思議と青い目によく似合っていた。
「ロゼ、お前望遠鏡持ってただろ?あれ…船じゃねぇか?」
「何?」
ロゼと呼ばれたその女は、手にしていた酒を押し付けるようにジャックに渡し、ベルトに挟み込んでいた望遠鏡を覗く。
ジャックの目線を辿ると、確かにそこには沈没しかけた船が見えた。
「船だ。あーあ、ありゃダメだ。沈没するのも時間の問題だな」
「商船か?」
訊ねながら、ジャックがロゼから望遠鏡を受け取る。
「海賊船じゃなさそうだけど…商船にしちゃでかいな」
「とりあえず近づいてみるか。あの様子じゃ攻撃されることはないだろうが用心は怠るなよ」
「オーケイ、ボス」
風は誂え向きに追い風だ。尤もあちらの船にしてみれば、この風に煽られては沈没が早まるだけだが。
徐々に近づく船の様子を詳しく見ようと双眼鏡の微調整を繰り返していたジャックが、ふいに目を細める。
「待てよ、あの旗…どこかで見たような」
しかしジャックの独り言をかき消すように、別の団員が叫んだ。
「おい!人だ!!女が一人流されてる!!」
「何?」
予想外の言葉に、ジャックは望遠鏡の向きを変えた。
さほど遠くも無いところに、団員の言うとおり一人の女が流されているのが見えた。
もっとも、波にさらわれた状態では顔での判別などできはしない。
それでも一目で女だとわかったのは、その身につけている豪奢なドレスのおかげだ。
「ヴァンス!!引き上げろ!!」
ジャックが声をかけると、一緒に酒を飲んでいた金髪の男が、何の躊躇もなく荒れた海に飛び込んだ。
オレンジ色のヘアバンドを付け、このあたりでは珍しい金色の目をしている。
少々きつい目つきだが、意志の強そうな整った顔をしていた。
揺れる波など気にも留めない様子で、ヴァンスと呼ばれた男はスイスイと女のところまで泳いでいく。
年は周りの団員よりも幾分か若いようだが、体格は船長のジャックよりも一回りほど大きかった。
瞬く間に戻って来たヴァンスへ、太いロープが下ろされる。
ヴァンスは水を吸ったドレスを引き裂くと、身軽になった女を担いでロープを掴んだ。
「いいぞ。あげてくれ」
ジャックの指示で、団員たちがてきぱきと二人を引き上げていく。
手の空いている他の団員は、周りにある道具を駆使して波に揺れるドレスをすかさず回収した。
ヴァンスへぐったりと体を預ける女に、意識は全く無いようだ。
「ロゼ!」
「ああ、分かってる」
ジャックに指示されるより速く、ロゼは女を甲板へ仰向きに寝かせた。
流された時に何かの破片で切ったのだろう、腕と足に切り傷があったが、その他に目立った外傷は見当たらない。
飲んだ水を吐き出させ、呼吸を確かめる。
この海賊船の船医であるロゼの看病は手馴れたものだった。
程なく飲み込んだ水を吐き出し、しばらくは苦しげに咳き込んだものの呼吸は再開される。
「もう大丈夫だろう」
ロゼの言葉に、見守っていた団員たちの口から安堵のため息が漏れる。
しかし、命に別状がないからと言ってこんなところにいつまでも寝かせておくわけにはいかない。
群がる団員たちを手振りで追い払い、ロゼが立ち上がる。
「ジャック、あんたのベッド借りるよ。ヴァンス、この子運んで」
「…ああ」
水を吸ったシャツを絞っていたヴァンスは、再び女を抱きあげると船室へ向かって歩き出すロゼの後を追った。
「…じゃあお前ら、勝手に酒でも飲んでろ。俺たちは忙しいからな」
事の成行きを見守っていた他の団員にそう言い残すと、ジャックも二人に続いて船室へと下りて行った。

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◆◇カリブの狼◇◆<第2話>

はっきりとしない意識の中で何か聞き慣れない音を聞いた気がして、パールはゆっくりと目を開いた。
夢の中にいるように霞んでいた視界が、次第にはっきりと現実味を帯びてくる。
曖昧模糊とした夢の世界から、自分の生きる世界へ戻ってくる。
大きな窓にかかるカーテンを開ければ、そこから見えるのは燦々と輝く太陽に照らされる海と木々。
窓を開いて、僅かに潮の香りのする乾いた風を部屋へ呼び込む―…。
パールは毎朝味わうこの瞬間が好きだった。
しかしパールの目に映ったのは、やたらと低く古びた様な天井だ。
まだ覚醒しきっていない頭を懸命に働かせてみるが、記憶の中にこんな場所はなかったように思う。
自分にかけられていたごわごわとした硬い毛布をどけて恐る恐る体を起こしてみると、さほど大きくはないベッドに寝かされていたのだということが分かった。
あたりは暗かったが、寝ていたベッドの隣の棚に置いてある照明から、黄色い光が漏れている。
それとなくその照明に目を移したパールは、思わずぎょっとしてそれから目を逸らした。
照明として使われていたそれは、琥珀色の髑髏だった。中で火が燃えているらしく、不定期に光が揺らめく。
部屋には埃と潮とアルコールの入り混じった複雑な臭いが漂っていて、気分が悪くなりそうだった。
「私…どうしたんだっけ?」
思わず不安が口を衝いて出た。
すると、その言葉に反応するかのように部屋の奥から声が聞こえた。
「目が覚めたか?」
誰もいないと思っていた部屋で突然声をかけられ、悲鳴を上げることもできずにただ声の方向を振り向く。
暗い部屋の中、青く光る目が一つだけ見えた。
人影が近づいてくると、それは右目に眼帯をつけた男性だということが見て取れる。
聞きなれない音の正体は、男の弄っていた道具のたてた金属音だったのだろう。
手にしていた道具を大きな羊皮紙の広げられた机へ置く。
実物を目にするのは初めてだったが、おそらくあれは羅針盤と呼ばれるものだろう。
すると広げられている羊皮紙は海図だろうか。
そういえば、船独特の揺れも感じられる。
髑髏。眼帯。羅針盤。海図。そして船。おそらく…海賊船。
パールは全身の血の気が引いていくのを感じた。
そんなパールの状況を知ってか知らずか、男は部屋に所狭しと置かれた荷物を器用に避けながらベッドへどんどん近付いてくる。
逃げ出すことすらできずにただ毛布を握りしめるパールの前で男は足を止めた。
どういうわけかどこか不思議そうな表情でパールを見つめている。
意図が分からずに眉をひそめて見つめ返すパールを、男はひょいと指差した。
「息。苦しくない?」
そう言われて初めて、驚いて息を止めたままだったことに気づいた。
おずおずと息を吐きだしたパールを見れば、男は小さく噴出す。
顔の半分を覆う眼帯のせいで表情が読み取りづらいが、よく見ればまだ年は若そうだ。
不躾かとは思ったが、他に尋ね方が思いつかない。
「あなたは…海賊、ですよね」
「あぁ。この船、ウルフ海賊団の船長をしてる。ジャック・ウルフだ」
やはり。もはや疑うべくもなかったが、その言葉に間違いであればいいという最後の希望もなくなった。
アクロチカはカリブ海に浮かぶ島国だ。
国で何度も、野蛮な海賊の噂を聞いたことがあった。
逃げなければ。パールの頭を支配するのはもはやその言葉だけだった。
しかし船もないのに、どうやって逃げようというのか。
それに、自分のものとは思えないほど体が重い。このままでは逃げ出すことはおろか普段通りに歩くことすらできそうにない。
「ちょっと待ってろ。今船医を連れてくる」
そう言い残し、ジャックと名乗った男は部屋から出て行った。
急に音のなくなった部屋の中、先ほど感じた不安が増してくる。
静寂の中聞こえるものと言えば、波の音だけだ。
人の気配を感じないところをみると、時刻は夜中なのかもしれない。
ふいに暗い海の中でたった一人佇んでいるような不安を覚え、パールはぎゅっと体を縮めた。



ほどなくして、ジャックが部屋へ戻ってきた。
その後ろから顔をのぞかせたのは、派手なオレンジの髪をした女性だ。
強気そうな大きな目で、様子を窺うようにパールを覗き込む。
「やーっと目が覚めたみたいだね。あんた、二日間も眠りっぱなしだったんだよ。もう起きないんじゃないかと思った」
女性にしてはいくらか低めだが、よく通る声だった。
声の大きさと存在感だけで圧倒されてしまいそうになる。
「ジャックにお礼言いな!こいつずっとあんたの事看病してたんだ」
「ロゼ…お前余計な事言うんじゃねーよ」
含み笑いを浮かべる船医を軽く睨み、ジャックはベッドの隣に引っ張ってきた椅子を顎で示す。
ロゼと呼ばれた船医は、差し出された椅子に腰を掛けるとパールの手を取り脈を取り始めた。
そこで初めて、パールは自分の腕に包帯が巻かれていることに気づいた。
少し熱を持っているような気はするが、痛みを感じるほどでもない。
「んー、多少速いな。まだ熱も下がりきってないみたいだし、もうちょい寝てたほうがいいかな」
脈を取り終わったロゼがそう言って立ち上がると、ジャックはロゼが座っていた椅子へ腰掛けた。
「なぁ、よく聞いてくれ。俺たちは別にお前に危害を加えようなんて思っちゃいない。海賊なんて評判のいいもんじゃねぇからな、こんな船に乗ってるのは嫌かも知れないが…次の港で降ろしてやってもいい。とりあえずしばらくはここで休め」
その言葉を聞いたパールの瞳に、懐疑の色が浮かぶ。
これまで話に聞いていた海賊のそれと、あまりにもかけ離れた態度に戸惑うのも無理のないことだろう。
何か裏があるのだろうか。何しろ相手はあの野蛮な海賊なのだ。
しかし自分を見ている澄み切った目に、偽りの色は伺えなかった。
どう返事をしたらいいものか迷っていると、ロゼと呼ばれた船医がジャックの話の後をついだ。
「あたしらは、あんたが海に流されてるところを見つけて引き揚げたんだ。近くで船が沈没してたから、大方それに乗ってたんだろ」
ロゼの言葉の後に、少し躊躇するような間が空いてからジャックが言った。
「お前、家はどこなんだ?」
「私…は…」
どう答えたらいいものか迷っているうちに、周りの風景が醜く歪んだ。
頭の中がぐるりと反転したような気がする。
遠くなる意識の中で、判然としないジャックの声と、自分の体を支える強い力を感じた気がした。



次に目を覚ました時、部屋の中は静かだった。
ふと部屋を見回すと、壁沿いのソファの上でジャックが寝ている。
ずっと付いていてくれたというのは本当らしい。慣れない看病に疲れたのだろう。
毛布の様子からして、それがジャックの寝た後に掛けられたものであることが分かった。
船室を照らす光源へふと視線を移す。
今度は恐ろしげな髑髏ではなく、窓から外の日光が差し込んでいた。
小さいながらもその窓から見える限りでは、日は高いようだった。
おそらく昼過ぎくらいだろう。
そっと起き上がり、微かに軋む床を踏みながらジャックの寝ているソファへ近づく。
「あの…」
遠慮がちに声をかけると、小さな声だったにもかかわらずジャックは目を覚ました。
「おお、起きたのか。熱は下がったみたいだな…だいぶ顔色が良くなった」
寝ている間にずれてしまった赤いバンダナを頭に巻き直しながら言う。
「はい。あの…ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてそう言うパールに礼なんて、とジャックが笑った時、ドアをノックする音が響いた。
「いいぞ」
ジャックが返事を返すと、ドアが開いて金髪の男性が遠慮がちに部屋を覗いた。
「おーヴァンス、いいとこ来たな」
「…声が、聞こえたから」
極端に口数が少ない。必要最低限の単語しか話さないが、そんな会話にも慣れているらしくジャックは気にも留めない。
「腹減った。こいつにも何か食いやすそうな物持ってきてやって」
ヴァンスは表情一つ変えないまま小さく頷くと、パールへはちらりと視線をくれただけで部屋から出て行った。
二人のやり取りを不思議そうに見ていたパールに気付くと、すかさず紹介をしてくれた。
「この船のコックのヴァンスだ。ちょっと無愛想だけどあれで結構いい奴なんだぜ」
気を失う前に見たときはもっと怖そうな人だと思ったが、部屋が明るいせいだろうか、前より優しそうな表情が伺えた。
顔を覆う眼帯のせいで、多少表情は読み取りにくいが。
「海賊が珍しいか?」
ソファへ座るように手振りで示しながら、ジャックが聞いた。
自分でも気付かないうちに、随分長く見つめていたのだろう。
「い…いえ、すみません」
急に恥ずかしくなってパールは慌てて視線をそらした。促されるままにおずおずとソファへ腰を下ろす。
考えてみれば、自分の世話係や家族以外の人とこうして口を利くのはほぼ初めてだった。
婚約者であるロビンソンとですら、数えるほどしか会話をしたことはなかった。
緊張したようなパールを見て、ジャックが笑いながら話しかけてきた。
「まぁそうかしこまるなよ、ここは海賊船だ。お行儀よく堅苦しい話し方してたってあいつらには珍しく映るだけだ。自由が欲しくて集まってきた奴らばっかりだから、今更気なんか遣うことねぇさ。言いたくなきゃ身分なんて隠してればいい。そういう奴も中にはいるからな」
自由、というジャックの言葉に、どこか惹かれた。
それは、王宮暮らしのパールには決して手に入らないものだった。
何不自由ない暮らしの中、窓から見える広い海に何度心を奪われただろう。
どこまでも青く澄み切った空を飛びまわる鳥たちを幾度羨ましく思っただろう。
「…私、ずっと親の言いなりで生きてきたの。反抗せずに、ずっと。でも、本当はずっと自由に生きてみたかった」
いつの間にか口から言葉が溢れ出ていた。
直後、慌てて口を噤む。私、何言ってるんだろう。知り合ったばかりの海賊に。
「そうか」
その声と共に立ち上がったジャックを見遣る。
「なら、拾われたのが海賊でラッキーだったな」
深い海を思わせる青い瞳に、どこか悪戯な光を浮かべてにやりと笑う。
相変わらず微笑んではいるものの、その目は海賊ならではだった。
「ようこそ、ウルフ海賊団へ。…お前はもう自由だ」
思いがけないジャックの言葉に驚いているパールを後目に、当のジャックはテーブルの上を片付けている。
自分の言葉にパールが驚いているなんて思ってもいない様子だ。
「自由…」
それはパールが一番欲しかったものだった。そして永遠に手に入らないはずのものだった。
測量の道具を机の脇によけていたジャックの手元から、一枚の地図が舞ってパールの足元へ落ちた。
「あ、悪い。拾ってくれるか?」
パールが拾い上げたそれは、アクロチカ周辺の海図だった。
自分の住んでいる国が、この地図の上ではとても頼りなく小さく見える。
「広いぜ、海は」
食い入るように地図を眺めていたパールは、頭上から降ってきた声に顔を上げる。
いつの間にか隣に立っていたジャックが、一緒になって地図を覗き込んでいた。
ちょうどそこへヴァンスが料理を持って入って来た。
「…飯」
「おう、サンキュ」
料理の乗った皿を差し出したヴァンスを押しのけるように、ロゼが部屋に入ってくる。
「うちらもここで一緒に食べるから!ねー、ヴァンス」
手にした酒の瓶を机に置きながらにこやかに宣言すると、同意を求めるようにヴァンスへ顔を向ける。
「…俺はいい」
「だってさジャック!椅子2コ追加!」
相変わらず無愛想なヴァンスを強引に捕まえて、ロゼはにやりと口角を上げて笑う。
あからさまに顔を顰めるヴァンスの意見などロゼの耳には届いていないようだ。
「あ?何でロゼまでいるんだよ。お前がいちゃ俺らが話す時間は無さそうだな」
口ではそう言いながらも、ジャックは楽しそうだ。
「いいじゃん!うちらもこの子とおしゃべりしたいも~ん。」
「いや…俺は」
言い終わらないうちに、ロゼが近くにあった椅子にヴァンスを座らせる。
助けを求めるようにジャックのほうを見ていたヴァンスだったが、当のジャックも苦笑を浮かべている。
「まぁ諦めろ」
「そうそう。諦めな!」
ジャックとロゼにそう笑い飛ばされ、ヴァンスも仕方なくといった様子でそこへ落ち着いた。
微かに湯気の立つスープを無言でパールの前へと差し出す。
これを食べろということらしい。
「あ…ありがとうございます」
パールがお礼を言うと小さく頷いた。
「そういえばお前、名前なんて言うんだ?」
さっそく大きな骨付き肉をほおばりながら、思い出したようにジャックが聞いた。
「パールといいます。あの…よろしくお願いします」
堅苦しいパールの敬語を聞くとジャックが手に持った肉を振りながら苦笑した。
「敬語はナシにしてくれよ。この船はみんなそうだからさ。名前も呼び捨てばっかりだからお前もそうしろよな」
「うん、みんなあんたのこともジャックって呼んでるもんね。船長なのに」
パンを口に放り込みながら、ロゼがそう頷く。
「おう、船長への敬意が全く見られないよな、ここの連中は」
「だってあんた船長って感じしないんだもん。年も下だしさぁ」
確かに、改めて見るとジャックは若かった。
歳はパールとさして変わらないだろう。
「何で、ジャック…が、船長なの?まだ若い、のに」
慣れない話し方に躓きながらも話すパールを面白そうに見てジャックが答えた。
「俺の親父がな、前の船長だったんだ。息子の俺が継ぐことになっただけだ」
「ま、それも一つの理由なんだろうけど。エルドはそれだけで選ぶような奴じゃねぇだろ。
あんた産まれてすぐの頃からこの船乗ってたもんね。一番戦い慣れてるのも強いのもジャックなんだよ。…こう見えても」
「そんなことねぇよ。ってかこう見えてもって何だ」
ジャックはそう言って笑っていたが、何となく分かる気がした。
何か人を惹きつける、特別な雰囲気がジャックにはあった。
「海賊って、もっと怖い人たちかと思ってた」
ぽつりと漏らしたその言葉に、今まで黙ってみんなの会話を聞いていたヴァンスが呟くように言った。
「…ここが特別なんだ」
どういうことか聞こうとすると、それより先にジャックが話し始めた。
「海賊ったって、ここには色んな奴がいるからな。家がねぇ奴とか、自由を求めてきた奴とか。
売られた喧嘩は買うけど、あんまりこっちからはしかけねぇしなー」
「ここが特別ってか、ジャックが変なんだよ」
料理を食べながらロゼが言うと、ヴァンスも頷いている。
「失礼な奴だな、お前ら」
「何だよ、ホントの事だろ」
「…何か、家族みたいだね」
パールが言うと、「まぁそんなもんかな」とジャックが笑った。
「あんたも今日から仲間だろ。よろしくな、パール。女が増えて嬉しいよ」
「こいつホントはこんなに優しくないんだぜ?なぁ、ヴァンス」
パールの方を覗き込んでにっこり笑うロゼを見て、ジャックが茶化した。
さりげなく笑っていたヴァンスを小突いて、「後で覚えとけよ」とロゼが笑う。
知らず知らずのうちに、パールもこの空間に溶け込んでいた。
自分がここにいていいのか、国の方ではどうなっているのかと、分からないことはたくさんあったが、ただ一つ確かなのは今日がパールにとって今までの人生で一番楽しい日だということだった。

◆◇カリブの狼◇◆<第3話>

それからの日々はとても速く過ぎていった。
王宮にいた頃は長くて仕方がなかった1日が飛ぶように過ぎていく。
気が付けば、パールがこの船に乗って10日あまりが過ぎていた。
始めは会話ひとつにも緊張していたパールだったが、一緒に食事などをしているうちに他の団員にもだんだん慣れていった。
特に歳の近いジャック、ロゼ、ヴァンスとは常に一緒にいると言ってもよいほど仲がよかった。
特別何をするでもなかったが、パールにとっては毎日が楽しかった。
この日も、4人は晩御飯の材料にするため釣りをしていた。
「うしっ、また釣れた。大漁大漁!!」
ジャックが満足げに釣り針から魚を取り外し、後方のバケツへと放り投げる。
乱暴に投げ入れられた魚が、水を大量に弾き飛ばしながら暴れ狂う。
「釣り楽しいだろ、パール」
隣に並んで船の縁に腰かけたロゼが、パールへと笑顔を向ける。
釣竿を両手で持ち、油断なく水面に目を光らせていたパールは口を尖らせてロゼを見た。
「…釣れたら楽しいかも」
パールの後方に置かれたバケツには、まだ1匹の魚も入っていない。
残念そうにそちらへ視線を移したパールの背中を軽く叩きながらロゼが自分のバケツを指差す。
「そんなん気にするなって!うちらが焦って釣らなくたって他のやつらが頑張るから!」
快活に笑うロゼのバケツも、パールと同様空っぽだった。
「こうやってみんな並んでのどかに釣り!それが楽しきゃいいんだって!」
成果は気にせずにただ楽しそうに釣り糸を垂らすロゼの手元を一瞥し、ヴァンスが声を掛ける。
「…ロゼ、引いてる」
「ん?」
その声に我に返り、ロゼが手元へと目を戻せば、水面に小さな波紋が広がっていた。
「…逃げた」
「お前っ、もっと早く教えろよ!」
憤慨した様子で釣竿を引いたロゼを見て、ジャックがわざとらしく噴出してみせる。
「どんくせぇ」
「うるせえなっ!あーもう、やめだ釣りなんか。おい、見張り交代しようぜ」
釣竿を放り出して見張り台へと足早に去っていくロゼを見て、パールも笑いをこらえていた。
「のどかに釣りしてればいいって自分が言ってたのに」
「あいつ短気だからなぁ」
パールの後を継いで言いながら、ジャックがまたもや魚を釣り上げる。
半円を描いて釣りあげられた魚の鱗が太陽に反射して、あたりに光を撒き散らした。



見張り台の上で、立てた樽へ腰を預けてロゼが口を尖らせる。
「ちっ。いくらのどかな釣りが楽しいったって、なんであたしは釣れなくてジャックとヴァンスばっか釣れるんだよ。それが気にくわねー!」
望遠鏡を手にして縦横無尽に水平線を眺めながら悪態をつく。
「きっとあたしらの獲物をあいつらが横取りしたんだ。欲深い奴らめ、ジョーンズのロッカーに落ちちまえ」
「聞こえてるぜ、ロゼ!釣りの才能妬むのはいいけどちゃんと見張ってろよ」
見張り台を見上げながら、勝ち誇ったような笑顔を浮かべてジャックが揶揄する。
「魚に好かれたって嬉しくねえっつーの」
ジャックとやり合っても無駄だと判断し、小声で悪態をつきながら、海へと向き直る。
「ちまちま魚釣ってるよりこっちのが性に合ってんだよ」
ロゼは見張りが好きだった。
誰よりも高い場所で、誰よりも強い風を受け、見渡す限りの大海原へと目を向ける。
空を舞う海鳥の鳴き声をすぐそばで感じると、海を独り占めしているような気分になった。
そして何より。
「ジャック!」
和やかに海を見渡していたロゼが、鋭い声を上げる。
その声に反応してはじかれた様にジャックが振り向いた。
一時前まで釣りを楽しんでいた人物とは思えない、鋭い視線。
「3時の方角に敵船発見だ!なんか見覚えのある海賊旗だぜ!」
「どんな旗だ?」
近くの団員へ釣竿を託し、訊ねながら自らも見張り台へと駆けつける。
片手でジャックへロープを投げ渡しながら、望遠鏡を覗き込んだロゼが答える。
「紅い目した髑髏が妙な帽子かぶってるやつだ。なんつったっけあの帽子…あぁ、シルクハットだ」
「…シルクハットだと?」
ロゼから投げられたロープを掴んだジャックが剣呑に眉をひそめる。
ちらりとヴァンスへ意味ありげな一瞥をくれ、急いで見張り台へと上がって行った。
視線の先を追ったパールが隣に佇むヴァンスを見上げると、まだ遠く離れた海賊船を睨みつけるような目付きで見ている。
体の内側から迸る怒りを視線に集中させたかのような、険悪な表情。
いつも無表情ではあるが、どこか穏やかな雰囲気を漂わせるヴァンスのそんな表情を見たのは初めてだった。
「…あの海賊船がどうかしたの?」
様子をいぶかしんだパールが訊ねると、ヴァンスが押し殺したような低い声で答えた。
「…俺がいた船だ。ここに来る前に」
「え?この船に来る前って…」
パールが反芻するも、それ以上語ることなくヴァンスは早足で見張り台の元へと歩き寄る。
気づけばヴァンスだけでなく、他の団員も続々と集まって来ていた。
その手に様々な武器を握りしめて。
頭上を仰げば、ロゼから望遠鏡を受け取ったジャックが唇を真一文字に結んで敵船を凝視している。
「懲りねぇ奴らだ」
苦々しい顔でそう吐き捨てると、ロゼに望遠鏡を突き返すように渡す。
見張り台から降りると、ジャックは一直線にヴァンスの元へ歩き寄ってきた。
「あいつらだ」
「…そうだな」
ヴァンスの表情は動かない。
思いつめた様子のヴァンスを見上げるようにして、ジャックが念を押すように確認をする。
「大丈夫だよな?」
「…ああ」
相変わらず船の方を見つめたまま答えるヴァンスの肩を軽く叩くと、ジャックが声を張り上げた。
「大砲準備!!てめぇら速く位置に付け!!!」
ジャックの指示で、いつもは陽気な団員たちも戦を楽しむ海賊の顔になる。
団員たちがそれぞれの定位置につくのを見送りながら、肩越しにジャックが振り返る。
「ロゼは今回パールを守れ。自分からは仕掛けなくていい」
「分かった。パール、こっち来な」
それだけ言うと、手を引いて船室の入口の角になっているところにパールを押し込み、自分はパールの前に立ちはだかって足のホルスターから銃を抜いた。
慣れた調子で弾の残数を確認、馴染ませるかのように手の中の銃を弄ぶ。
団員たちそれぞれが定位置に付いた頃になっても、1人ヴァンスだけが先程の位置を動くことなく怒りに燃えた目で迫ってくる海賊船を睨み付けている。
「ねえ、ロゼ…」
自分を守るように立ちはだかるロゼに、パールは聞かずにはいられなかった。
「ヴァンスはどうしたの??いつも怖いくらいに冷静なのに…なんか今日は別人みたい」
「詳しくはあたしも知らないんだ。ジャックもヴァンスも何も言わないから。でもヴァンスがこの船に来た時、あいつの体は傷だらけだった」
最後の方は、ロゼの声が震えていた。
泣いているんじゃない…怒りに震えた声だった。
「この戦い、負ける訳にはいかないんだ。ヴァンスの為にも」



背後に近寄る足音を聞き、ヴァンスが振り返る。
焦燥を交えた瞳に映ったのは、不敵に笑うジャックの顔。
「怖いのか」
ふいにジャックがヴァンスに話し掛けた。
「…違う」
迷いを振り切るように、自分に言い聞かせるかのように、ヴァンスが大きく首を振る。
「お前が負けるのは自分に負けた時だ。弱かった過去の自分に」
ジャックの言葉に、ヴァンスの強張った肩が少しだけ動いた。
「あいつらが、今のお前に敵う訳ねぇ。お前に戦い方教えたの誰だと思ってんだ?」
迷いや恐れなど微塵も感じさせない態度で、緊張を解すかのようにヴァンスの肩を軽く叩く。
自信ありげな笑みを浮かべるジャックを見て、ようやくヴァンスの表情にも普段の冷静さが戻る。
その様子を見てもう一度軽く笑いかけると、ジャックが声を張り上げた。
「いいか、お前ら!気合い入れろよ!!」
ジャックの一声で、船全体を揺るがすほどの大きな歓声が上がる。
その様子を満足げに眺めたジャックが、好戦的な笑みを広げる。
やはり若くても、ジャックは立派な船長だった。
それから、パールを背後に庇うロゼを振り向いて叫ぶ。
「パールを頼んだぞ、ロゼ!!」
「命に代えても」
ロゼもニヤリと笑って答えた。




爆発音と共に水面が激しく揺れ、敵船から次々と大砲が打ち込まれる。
船のすぐ近くで大きな水柱が立った。
「撃ってきやがったな・・あの船の左側につけろ!!右舷の大砲用意!!」
ジャックの指示を聞くや否や、団員達が慌しく動き始めた。
「砲台を狙え!砲撃開始!!」
こちらの船からも続け様に大砲が打ち込まれる。
その中の一発が、見事に命中した。
向こうの大砲はもはや使用不可能だろう。
接近戦に備えて、俄かに騒然とした敵船へじりじりと距離を詰めてゆく。



―――――沈黙を破ったのはジャックだった。
海賊にしては珍しい大きな諸刃の剣を抜き放ち、片手でロープを掴んで相手の船に飛び込んでゆく。
ヴァンスを中心に、その後をウルフ海賊団の面々が続いた。
戦闘員の数でいえば勝ち目は薄いだろう。
船の大きさも、二回りほど向こうの方が大きかった。
しかし――
初めて目にするジャックの強さは恐ろしいまでだった。
ともすれば捨て身ともとれるような、大胆すぎる攻め方だ。
相手の間合いに入ることなどお構いなしに、しかし油断なく斬り込んでゆく。
自分が相手の間合いに入るという事は、即ち相手を自分の間合いへ呼び込む事と同義だ。
精一杯自分へと引き付けた剣の一振りで、一度に5人は倒しているだろうか。
相手が剣を振り上げる一瞬の隙を、ジャックが見逃すことは無かった。
とても片目しか見えていないとは思えない身のこなしだった。



ヴァンスも負けてはいなかった。
こちらもあまり目にすることのない、2本の刀をいとも簡単に扱い、走り抜けるようにして倒していく。
目は相変わらず怒りを浮かべていたが、己を失ってはいない。
長年味わった苦しみを、今ここで晴らすかのようだった。
「ヴァンス!!船に戻って加勢しろ!!」
ジャックの声で、ヴァンスがくるりと踵を返す。
いつの間にかこちらの船にも敵がたくさん攻めて来ていた。
ロゼとパールの周りにも、ロゼの銃弾に倒れた敵が幾重にも折り重なっている。
ヴァンスが船に踏み込んだ瞬間―――
「やっぱりこの船にいたか。久し振りだなぁ、コックさんよぉ」
声のした方に目をやると、相手を確認するが早いかヴァンスがいきなり斬りかかった。
が、相手も相当な剣の使い手らしい。
2本の刀を受け止めると、そのまま押し返して来た。
一旦引いて構え直したヴァンスの瞳は憎悪の炎で燃え上がり、もうその男しか見えていないようだ。
「包丁以外の刃物も使えるのか?出世したなぁ、あのチビが」
挑発的な笑みを浮かべる男に向かって再び斬りかかったヴァンスに、普段の冷静さは全く窺えなかった。



「ねぇロゼ、ヴァンス…大丈夫かな」
弾の切れた銃に素早く銃弾を詰め替えるロゼの肩越しに、パールが心配そうな声を出した。
素人目に見ても、ヴァンスの取り乱し方は目に見えて分かったようだ。
「あのバカ、完全に回り見えなくなってるな…」
呆れたように呟くと、ロゼは急に銃を構えてヴァンスの足元ギリギリの所を狙って撃ち込んだ。
足元で弾けた銃弾に驚き、後ろを振り返るヴァンスにロゼが怒鳴った。
「ヴァンス!お前ジャックに何て言われた?!お前の敵はそいつじゃねぇんだろ!」
「…悪い」
横目でロゼのほうを向いて呟くように言うと、くるりと向き直って構え直す。
「お前が俺に勝てると思ってんのか!!」
男は余裕の笑みを浮かべて挑発的に剣先をヴァンスの元へ向ける。
「…お前なんか…敵じゃない」
どこか自分に言い聞かせるようにヴァンスが呟くと同時に、男が凄い勢いでヴァンスに斬りかかって行く。
パールは思わず目を閉じた。
しかし、パールの想像した最悪の瞬間は訪れなかった。
鋭い刀が肉を穿つ鈍い音と共に、ヴァンスの低い声が聞こえる。
「油断しすぎだ。…昔の俺だと思うなよ」
パールが目を開いた時にはもう別の敵が倒れていくところだった。
「ヴァンス、あんなに強いんだ…」
「あいつはまだまだだ。ジャックはあんなもんじゃないぜ」
ロゼがどこか得意そうに呟くのと、敵の海賊団の船長が叫んだのはほぼ同時だった。
「てめぇら全員船に戻れ!!加勢しろォ!!!」
こちらの船に乗り込んでいた敵も、急いで戻って行く。
いつの間にかジャックの周りにいる敵は数えられるほどに減っていた。
仲間がほぼ船にもどったのを見ると、船長がサッと右手を上げた。
それを合図に、団員達がゴーグルをはめる。
その様子を見ていたヴァンスが急に怒鳴った。
「ジャック!催涙弾だ!!」
「え?」
「…遅い!」
きょとんとしているジャックの周りで小さな爆発が起こり、濃い紫色の煙で周りが満たされる。
「さすがのてめぇも見えなきゃ手出しできねぇだろう!今だ、かかれっ!!」
煙の中に次々と敵の団員が入っていく。
次々に金属音と鈍い音が聞こえた。
「ジャック!!」
敵船へと飛び移り、ジャックの元へと駆け出そうとしたヴァンスの後ろで声が響く。
「船長より自分の身を心配するんだな」
はっと気付いたヴァンスが体勢を立て直そうとするも間に合わない。
振り向きざまのヴァンスへ、唸りを上げた剣が振り下ろされる。
――避けられない。刀で防ごうとした体制のままヴァンスは思わず目を閉じた。
しかし次の瞬間、自分の頭上で鋭い金属音が響く。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた後姿があった。
自分に切りかかってきた敵の戦闘員を軽々と斬り倒す。
「ジャック…?どうやって…」
「目って2つあるんだぜ。お前知らないの?」
軽い口調で切り返し振り向いたジャックを見て、ヴァンスは息を呑んだ。
見慣れた青の左目は、先程の催涙弾によって負傷しているようだ。
赤く充血した目を溢れ出した涙で濡らしている。
そして、いつも眼帯をしていた右目が…緑色に、光っていた。
「…何だ、その眼は」
「あぁ、コレ?…まぁ気にすんなよ」
そう言うと、らしくもない苦笑いを浮かべて軽く肩を竦めた。
「それよりほら、なにボケッとしてんだよ。さっさとお宝いただきに行こうぜ」
「…でもまだあいつらが…」
「あいつらってアレか?」
ジャックが視線で示した先には、斬り倒された海賊団の面々が山となって積まれていた。
唖然としてヴァンスがジャックに目をやるも、それには気付かずに負傷した左目をこすっている。
「ちっ、催涙弾とか卑怯な真似すんじゃねぇよ…」



「あいつ、あの一瞬で…」
長くこの船に乗っているロゼも流石に驚きを隠せない様子だ。
だがそれよりも更に驚きを隠せない様子でジャックを見つめているパールの姿があった。
「あの眼の色…」
パールの脳裏に浮かんだのは、フォルサレムの事だった。
島国の広がるこの地域では、ほとんどの国の住人が青い眼をしている。
しかしその中で只一つ、フォルサレムの住民だけがなぜか緑色の眼を持っていたのだった。
ジャックの右眼の色はつまり、フォルサレムの血を引いていることを証明していた。
「ジャックはハーフなの?」
驚きはしているものの、どこか感心した表情でジャックを見つめるロゼに訊ねると、首を傾げて答えた。
「あたしもあいつの眼見たの、初めてなんだ。あいつ、あんまり自分の事話したがらないしな」



それからは忙しかった。
元々細かいことは気にしない性分なのか、誰一人としてジャックの眼の色に驚くものもいない。
そんな事よりも、倒した敵から奪った宝物の品定めと勝利の宴の方が彼らにとっては重要らしかった。
いつもは無愛想なヴァンスも、代わる代わる仲間達に肩を叩かれ今日は少しだけ嬉しそうだった。
「パール!お前もこっち来て飲めよ!!」
ジャックが大きなジョッキを掲げて手招きしている。
「お酒なんて飲んだことないよ?」
戸惑いながらも、パールは楽しかった。
今までも、王宮では幾度と無く宴には参加したことがあったが、こんなにも賑やかで、騒がしい、楽しい宴は初めてだった。
月の無い暗い海の中、ウルフ海賊団を乗せた船だけが場違いなほどに明るい光を放っていた。





「パール、ちょっと俺の部屋来てくれるか?」
騒がしい宴も一頻りついた頃、他には聞こえないほどの声量で不意にジャックが声をかけてきた。
いつものジャックとはどこか違う…いつもしていた眼帯がないせいかもしれないが…そう感じた。



「悪いな、わざわざ」
部屋に入ると、いつもの見慣れた笑みを浮かべる。
ランプの光が鈍く光る薄暗い部屋の中で、青と緑、二色の眼が静かに光っていた。
違う人を見ているみたいだ―――
そんな事を思っていたら、ジャックが苦笑を浮かべた。
「気になるか?俺の眼が」
「少し…あ、あの、ジャックはハーフなの?フォルサレムとの?」
言いにくそうに訊ねたパールの最後の言葉を聞いて、ジャックが驚いたような顔をした。
「お前、アクロチカの人間だろう?…どうしてフォルサレムの事を」
「ちょっと…ね」
困ったような苦笑いを浮かべるパールを不思議そうに見ていたジャックがふいに首から金のペンダントを外してパールに差し出した。
「お前この文字読めるか?」
「文字?」
差し出されたペンダントを怪訝な顔で受け取ったパールが繰り返す。
不思議そうな顔のままペンダントに目をうつすと、驚いたような声を上げた。
「…フォルサレムの文字じゃない。どうしたの?これ」
「俺の親父…前の船長がな、死ぬちょっと前に俺に渡してくれてたんだ。
 あいつの話では俺の母親かららしいんだけど、この船に異国の文字が読めるほど頭の出来た奴がいなくてね」
笑いながらお前なら読めるかなと思って、と付け足す。
「ちょっと待ってね…」
そう言うと少し眉間に皺を寄せて小難しそうに顔をしかめて読み始める。
眼の色だけでなく、文化も他とは異なったフォルサレムの文字を読める外国の者など、そういないに違いない。
ジャックはらしくもなく落ち着かない様子でパールの様子を窺っている。
暫く時間がたった後、難しい顔をして文字を読んでいたパールが「え?」と小さく声を漏らしたまま動きを止めた。
「何か分かったか?」
どうも様子がおかしい、と促すようにジャックが声を発するが、その顔とペンダントに交互に目をやりながら尚もパールは黙ったままだ。
「なぁ、何か変な事書いてあったのか?」
痺れを切らしたように急き立てるジャックの問いには答えず、おずおずとパールが尋ねた。
「ジャックはお母さんに会った事あるの?」
ジャックはなぜそんな事を聞くのか分からないといった表情を浮かべている。
「いや、ねぇな。物心付いた頃にはもうこの船に乗ってたし。
 実際前の船長が父親だって知ったのもあいつが死ぬ一週間ぐらい前だったしな」
有り得ねぇだろ?と笑うジャックを見て、パールはそれで納得がいった、という顔を見せる。
「あなたは…フォルサレムの王妃様と海賊の船長の間に産まれた子供よ」
「…はぁ?」
今度はジャックが動きを止める番だった。
「王妃だと?」
「フォルサレムの王家のシンボルを知ってる?」
持っていたペンダントを差し出しながらパールが聞いた。
「…いや」
差し出されたペンダントを受け取りながら首を振るジャックだが、勘の良い彼のことだ、気付いているだろう。
「何だと思う?」
間髪入れずに聞いたパールの問いに、ジャックが呟くように、確かめるように答えた。
「…獅子、か」
「正解」
2人の間にしばらく沈黙が流れた。
「…そういう事か」
押し黙った沈黙を破るようにジャックが呟く。
「そういう事って?」
「これを渡された時、あいつが言ったんだ。狼が自分を、獅子が母親を表してるって」
そう言って再びペンダントに目を落とす。
「…『二色の目を持つ海賊王子
    あなたはあなたの愛する人と幸せになって下さい。
    エルドリックとあなたの幸せをいつも願っています。
     フォルサレム王国 第3代王妃 リリア・ウルフ・フィルメア』
王妃様…本当はあなたのお父さんと一緒になりたかったのかもしれない。…親が決めた相手とじゃなく」
下を向いているせいかもしれない。
パールの瞳は青く、深く、どこか遠いところを見ているようだった。
「…パール?」
心配そうに自分を見下ろす視線に気付くと、パールは急に不自然なほど明るい声を出した。
「びっくりしちゃったよ、ジャックにフォルサレムの王家の血が流れてるなんて!全然ガラじゃないんだもん」
「うるせぇな、自分でも分かってるよ」
落ち着かない様子で手の中のペンダントを弄びながら、ジャックが苦笑に近い笑みを浮かべる。
王家の血が流れていようがいまいが、物心もつかないうちからこの海賊船に乗っているのだ。
王家というよりはやはり、海賊の血が強いようだった。
もしジャックが王宮で暮らしていたら、別の場所で出会っていたかもしれない…
そんな事を思ってると、首に掛けたペンダントを指で触りながら、遠慮がちにジャックが声を上げた。
「あのさ、この事、あいつらには…」
「分かった、内緒ね」
だんだんと小さくなるジャックの声を受け継ぐように言ってパールが笑う。
そんなパールを見て、ふっといつもの表情が戻る。
どこか人をからかっているような、お世辞にも品がいいとは言い難い笑い顔。
けれどそこには、何か不思議な温かさがあった。
「じゃあ私、部屋に戻るね」
「ああ、わざわざ悪かったな」
軽く手を振ってパールを見送ると、ランプの火を消してベッドにどかっと寝転んだ。
首にかかったネックレスを、顔の前まで持ってくる。
そこにはやはり自分にはさっぱり訳の分からない、異国の文字が並んでいた。
「二色の目を持つ海賊王子、ね…。そういう事はちゃんと教えろよな、あのクソ親父め」
部屋の小さな窓からは、濡れたように黒い空と波立つ海が見える。
いつもと何ら変わらない風景。
暗闇の中で、目の前のペンダントだけが、鈍い光を放っている。
「コレを渡された日も、こんな感じだったな…」
懐かしむようにそう呟くと、強い眠気に襲われてゆっくりと目を閉じた。
昔を懐かしむように、ふっと口元に笑みを浮かべながら。

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