2017-06

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煙の向こうのその先に…

「お前、意味なんかあると思うか?」
小春日和の昼下がり。
今日は風が弱いから日当たりの良い屋上は授業をサボるのにはもってこいだ。
隣で空を見上げていた修吾が徐に声をかけてきた。
文法もクソもあったもんじゃない。
隣から聞こえる半ば投げやりなその声に、とりあえず返事を返した。
「人に話しかける時は主語述語をハッキリさせて言いたいことが分かるように文章組み立ててからにしましょう。…お前授業サボってないで国語の勉強したほうがいいんじゃねぇのか?何の意味だよ」
「…人生」
どうやら面倒臭い問答になりそうだ。聞かなきゃ良かった。
軽く鼻で笑ったのがバレたのだろう。
寝転がったまま不機嫌そうな顔をこちらへ向けた。
「なんやねん、お前。人が珍しく真剣に話ししてんやからちっとはマジメな返答返さんかい」
「お前がそんな哲学的な事言い始める時点でなんかのネタだろ?ちょっと振りが甘いぜ、どこから切り込んでいいやら」
「阿呆」
アホと来ましたかそうですか。
黙っていれば何か言い出すだろうと思って、俺は黙って煙を吐き出した。
空へ吸い込まれるように紫煙が上へ上へと上がっていく。
こいつもいつか雲になるんだろうか。
「俺な、たまに分からんようになるんや。みんなで机並べて、社会に出たら使わんようないらん知識ばっか詰め込まれてなんになるんやろうな」
「お前授業なんか殆ど出てねぇじゃねぇか」
「そういう問題とちゃうねん」
なにがちゃうねんやねん。あ、うつった。
修吾は俺のポケットから煙草とライターを勝手に取って火をつける。
「お前煙草吸うんだっけ」
「センチメタルな気分になった時はちょっと吸いたくなるんや」
「センチメンタルだろ」
「おう、それや」
何がセンチメンタルだ。
クラスの奴等が耳にしたら隠れて噴き出すに違いない。
何せ「鬼人」との異名まで持つ乱暴者がセンチメタルな気分に浸っているらしいのだから。
(俺に言わせれば「鬼人」っつうより「奇人」だが)
「なんやねん、お前。俺これでも悩んでるんやぞ?ちっとは慰めんかい」
「そんな態度のでかい奴慰めるまでもねぇよ」
俺は修吾に取られた煙草の箱を奪い返しながら言う。
今朝下ろしたばかりなのにいつの間にか残りはあと2本になっていた。
家のストックもそろそろ底を着くはずだ。
帰りにコンビニで1カートン買って帰ろう。
「分かってへんなー、お前は。俺シャイやから素直にしょげかえれんねん。察してくれ」
「お前がシャイなら全人類シャイになっちまうぜ。俺そんな悲惨な星に住みたくない」
「アホ抜かせ」
こっちの台詞だ。
肺の隅々まで煙で満たして、ゆっくりと吐き出す。
風下の修吾がモロに煙を浴びて顔を顰めた。
口にくわえた煙草もあまり美味そうには見えない。
無理するくらいなら吸わなきゃいいのに。
俺は全ての煙を肺の外へ出してやってから、少し考えて、言った。
「俺も考えた事あるよ。生きてて意味あんのかなー、とか」
「ほんまか。ガラにも無いな」
お前もだ、と言い返したくなるがやめておく。
「けどさ、考えても答えなんか出ねぇじゃん、多分。考えるだけ無駄ならもっと時間を有効利用しようと思ったわけよ」
「どんなふうに?」
「色々あるだろ」
「どうせまたエロ本読み漁ったりエロ本読み漁ったりエロ本読み漁ってんねやろ」
「人聞きが悪い」
「否定せんのか」
「…できん」
俺の答えを聞くと、修吾はくっくっと笑った。
こうして笑っていれば女たちが好みそうな結構甘い顔なんだが、なぜだか人前に出ると眉間にしわがよる。
シャイだとかいうのはあながち間違ってはいないのかもしれない。
「お前みたいな奴でもそんなこと考えるんだな」
「なんや、引っかかる言い方やな」
「気にするな」
声にかぶさるように間延びしたチャイムが鳴り響いた。
「次体育だろ。俺出るぜ」
学生服に付いた砂埃を適当に掃いながら立ち上がって伸びをした。
「体育バスケやろ?お前にばっかいいとこ見せられんのも気ィ向かんなぁ」
ぶつぶつ文句を言いつつも、結局自分も身体を起こす。
「俺野球派やもんなぁ。お前、俺のバッティング見たら惚れ込むで?マツイもびっくりの華麗なるホームラン」
「はいはい」
「あ、信じてへんな?ほんまやで」
何が生きてる意味だ、こいつ。
ちょっと真剣に考えちゃった俺がバカみたいじゃないですか、この状況。
結局こんなもんだろう、俺たちが生きてる意味なんか。
得意なスポーツでちょっと女にキャーキャー言われて、つまらない授業は聖書(内容はホラ、分かるだろ?)を読んでやり過ごす。
で、たまに「桐耶くん、よかったらこれ食べて」なんて手作りのクッキーなんかもらっちゃったりして。
「・・・それで十分だろ」
「なんや?マツイの話か?」
陽だまりの中の俺たちを悪戯に風がなぞって行く。

今日はよくシュートが決まりそうだ。



※追記にてあとがき的なもの。

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金色のペンダント (◇◆カリブの狼◆◇番外編)


今日もカリブの海はどこまでも青く、どこまでも広い。
そんな大海原に浮かぶ一艘の船の上で、激しい金属音が響いている。

「返しが遅いよ~」
「う・・・るせぇっ!!」
一際大きな音がして、一人の手から剣が離れる。
「悪いねジャック、また勝っちまったよ。今度はもっと手ぇ抜いてやるからさ~」
肩の辺りまで伸びた濃い茶色の髪を海風になびかせながら男が余裕の表情で剣を鞘に収める。
耳元の黒いピアスが光の反射を受けてキラリと光った。
快晴の夏空を連想させる青い瞳が、楽しげに弾んでいる。
彼の名はエルドリック・ウルフ。
このウルフ海賊団の船長である。
ニヤニヤと笑いながら自分を見下ろすエルドリックに、ジャックと呼ばれた少年がムキになって言い返す。
「ふざけんな!今度は絶対勝つね!!全力のお前に!!」
こちらは濃い茶色の髪の毛を、オレンジ色のヘアバンドで止めている。
年は十代後半くらいだろうか。
右目には眼帯を当てているが、左目にはエルドリック同様、青い瞳が光っていた。
「はいはい、楽しみにしてますよ~」
気のない返事をすると、エルドリックはラム酒の瓶に口を付けながら離れて行った。
「ちっ」
ジャックは飛ばされた剣を拾い上げると、荒々しく鞘に収める。
「バカにしやがって」
「ははっ、あんたがエルドに敵う訳ないだろ?」
ふいに笑いながら仲間の一人が声をかけてくる。
年は青年と同じくらいだろう。
オレンジ色の髪をした、青い瞳の女だ。
「うるせぇんだよ、ロゼ。大体俺片目なんだぜ?何で年下の俺がハンデ持ってんだよ。絶対おかしいって」
そう言って眼帯の当てられた自分の右目を指す。
「両目でやりゃ勝てるね」
どこから沸いてきた自信か知らないが、根拠の無い事を平然と言ってのける青年を見てため息混じりにロゼと呼ばれた女が返す。
「この船の大人だって誰一人勝てないんだぜ?あんたが勝ったら嵐が来るよ。この船沈める気なのか、ジャック?」
「そのくらいで沈むような船じゃねぇよ。・・そうだ、お前暇なら勝負しねぇ?」
呆れたように笑うロゼの嫌味も軽く流して、収めたばかりの剣を軽く叩く。
「あんたに勝てるわけないだろ。生憎あたしは剣術には興味ないんでね」
足のホルスターの銃を示しながら、ロゼが肩を竦める。
「自主練でもすれば~?今度こそエルドに勝てるように!!」
まぁ無理だろうけど、と心の声が聞こえてくるようだ。
言い残して去っていくロゼを少し目で追ってから、ジャックは再び剣を振り始めた。



「・・・あのガキがでかくなったもんだな~」
一心に剣を振るうジャックを少し遠くから眺めていたエルドリックがぽつりと呟く。
自分を見ているエルドリックに気付くと、ジャックはニヤリと笑いながら声をかけた。
「何だ、俺の弱点でも探してんのか?船長のエルドが俺みたいなガキにやられちゃ困るもんな」
ジャックの言葉に呆れたように笑いながらも、それには答えずに手で来い、と示す。
いつもと態度が違うエルドリックを訝しげに見るジャックに、「俺の部屋来てね~」とだけ告げると、自分は先に船室へと下りて行った。



「エルド?入るぜ」
船室のドアを開けると、強烈な酒の匂いが鼻を衝く。
「お前・・相変わらず部屋きったねぇな・・・」
「まぁまぁ、気にすんなよ。ちょっと…こっち来て座んな」
そう言って自分の正面の椅子を指差す。
船長室に呼ばれるなんて最近では珍しい事だ。
幼い頃はよく勝手に遊びに入ってきたものだが。
「なぁ、俺何かしたか?」
指定された椅子に座りながら訊ねるが、エルドリックは首を横に振っている。
そしておもむろに棚の中から小さな宝箱を取り出して、ジャックに差し出した。
見たところ高価そうな宝石がたくさんちりばめられている。
まさに宝箱と呼ぶに相応しい代物だった。
「・・?何だよ、コレ」
「ん~、お前の母親からのプレゼント、ってとこかな~??」
なぜか自分と目を合わさず、何も無い空中に視線を漂わせるエルドリックに目をやると、全く訳が分からない、といった表情のジャックが聞いた。
「俺の母親?お前何言ってんだ?」
「ま~いいから中見てみなよ~」
相変わらず全く違う方向を見ながら話すエルドリックに視線を送りながら、腑に落ちない様子でとりあえず宝箱を開ける。
中には金のペンダントが入っていた。
表には狼と、王冠をかぶった獅子が描かれている。
裏側には何か文字が刻んであったが、ジャックには読めなかった。
手にとってみるとかなり重量がある。
海での生活が長いジャックにとって、宝の価値を見極めるのはそう難しくなかった。
「これって・・本物の金じゃねぇか。これが俺の母親からだって?
 俺は生まれてすぐに船で海に流されたって言ってたじゃねぇか。そこをお前が拾ったんだろ?」
「黙ってて悪かったと思ってるよ。でもお前がちゃんと理解できる歳になるまではそういう事にしておきたかったんだ。
 ・・・お前は捨てられた訳じゃない。俺が引き取ったんだよ。あ~・・・俺の妻からね」
言い難そうに、大して重要でも無いとでも言うように、付け加えるように言ったエルドの言葉を、ジャックがすかさず繰り返す。
「・・・・妻から引き取った?」
咄嗟の事で、瞬時に状況を飲み込めない様子だったジャックがようやく顔を上げる。
真っ直ぐに、エルドを見つめて―――
「お前・・・俺の父親なのか?」
「ご名答~」
二人の間に沈黙が流れる。
呆然とするジャックに、エルドが軽く声をかける。
「まぁ本当の事知ったからって俺を父親だと思えなんて言わないからさ~。
 今まで通り剣術の練習相手くらいに思ってりゃいいから。 でもまぁ、これは渡しとかないといけないと思ってね~」
「こんなのいらねぇよ!・・大体お前が俺の父親だって証拠なんかどこにもねぇじゃねぇか。
 何のつもりだか知らねぇけどそんなこと信じられるか」
吐き捨てるように言うジャックの眼帯をぱっと取ってエルドリックが言う。
「お前の左目は俺の目だ。んで、右目が母親の目」
あまりの素早さに、ジャックは防ぐことも出来なかった。
「ッ・・・返せ!!」
自分を睨み付けるジャックを見て、思わずその目の色に目を奪われてしまう。
自分が愛した女と同じ、緑に透き通った右目の色に。
「青い目を持った奴なんかそこら中にいんだろ。お前が父親だって証拠なんかにはならない」
「そのペンダントの狼が俺、獅子が母親を表してる」
ジャックの手の中にあるペンダントに目をやりながらエルドリックが答える。
改めてよく見ると、狼の耳には黒いピアスがついている。
この・・ウルフ海賊団の海賊旗のシンボルと全く同じだった。
「ま~、すぐに納得できないことくらい分かってるよ。今日のことは忘れたかったら忘れていいよ~。でもそれはお前が持ってろよな」
奪った眼帯と宝箱をはい、と差し出しながらエルドが言う。
奪うようにしてそれを受け取り、いつものように眼帯を縛りなおしてから、横目でエルドリックを睨みながら聞く。
「・・・母親も海賊なのか」
「海賊だったら一緒に居るよ~。身分不相応な恋をするとお互い苦労するんだ。
 今は国に・・フォルサレムにいるだろうな~」
まぁおとなしくしてりゃの話だけど、と付け足し、昔を思い出したようにふっと笑う。
「俺の眼のことは・・・今日聞いたことは誰が知ってんだ」
「この船に連れて来てすぐに眼帯着けてやったからな。お前が人前で取ってなきゃ今は俺とお前だけだね~」
言いたきゃ別に言ってもいいよ、というエルドリックの言葉を背中で聞き、後ろ手で乱暴にドアを閉める。
・・・自分の目が変わってるとは思っていた。
人に見られるのが嫌で、眼帯で隠してきた。
・・・でも、自分がエルドリックの子供だなんて。
いきなりは信じ難かったが、このペンダントが自分の母親から与えられたものならば本当なのだろう。
何より、産まれて間もない子供をこんな海賊団が拾う事自体よく考えれば普通ではない。
裏に書いてある文の意味が知りたかったが、勉強なんてした事がない。
ウルフ海賊団はもともとアクロチカ出身の者が多いので、外国の文字が読めるものなどいないだろう。
もともと学のない奴等ばかりだ。
自分の部屋に戻ると、ポケットにペンダントを入れた。
身に付ける気には、どうにもなれなかった。



―――数日が過ぎたが、あれから一度もエルドリックと話していない。
なんだか気まずくて、傍に寄らないようにしていた。
「おい、ジャック。今日もエルドと剣術練習しねぇのか??」
仲間の一人が声をかけて来る。
「お前は日に日に強くなるからな。もう少しでエルドにも勝てるんじゃねぇのか?」
「ああ、俺らじゃもうお前には勝てねぇだろうな。ほんの数年前は俺たちが子守してやったのによ」
別の仲間が横から口を挟む。
「いつの話だよ」
子守、という言葉に少し引っかかるものを感じながらも、笑って返す。
こいつらはどう思うだろう、自分とエルドリックが親子だって知ったら。
「なぁ、ちょっと勝負してみようぜ」
楽しげに声をかけてくるので、数日ぶりに剣を交えることにした。
毎日していた剣術の練習も、あれから一度もやっていない。
さすがにそろそろやらないと腕が鈍りそうだ。
「ああ、やろう」
剣の柄に手をかける。
久々の間隔が、体を巡った。
仲間の一人が顎で甲板を示す。
いつの間にかそこが、剣術の練習場になっていた。
甲板への階段を上りきったちょうどその時、聞きなれた声が聞こえた。
「何だ、お前ら勝負すんの?ずるいじゃん、俺も混ぜてよ~」
振り返ると笑みを浮かべたエルドリックが佇んでいる。
「おう、船長。あんたも混ざるか?」
「トーナメント戦やろうぜ。勝ちあがった奴が俺と勝負な~」
「了解。人数集めて来てやるよ」
そう言うと暇を持て余している団員を集めに歩いて行く。
「今日は勝つんだよな~?全力の俺に」
二人になると、エルドがにやつきながら声をかける。
「当たり前だろ。お前なんかみんなの前で倒してやるよ」
「お~、楽しみにしてるよ~。ま、せいぜい頑張って勝ち上がって来てね~」
背を向けたまま手を振って去っていくエルドリックを横目で睨んで、ジャックは剣を抜いた。
今日は勝つ。そう誓って。



トーナメントはたいした意味を持たなかった。
普段からエルドリックと練習をしていたジャックにとって、他の団員たちとの勝負は退屈なほどだった。
決して皆が弱い訳ではない。
それだけジャックが強くなっていたのだった。
鋭い金属音が響いて、一人の剣が宙を舞った。
「ふぅ・・・やっぱりジャックの勝ちか。お前、いつの間にそんなに強くなったんだ?」
負けた方の団員が、自分の剣を拾い上げながら聞く。
「まだ強いなんてもんじゃねぇよ。・・・あいつに勝つまでは、な」
ジャックが目を向けた先で、椅子に座っていたエルドリックが立ち上がり、剣を抜いた。
「よく頑張ったね~。ジャックかっこい~」
「ふざけるな。俺は本気だぜ。今日こそ…お前に勝つ」
ジャックの眼には先程までとは違い、闘志が漲っている。
ニヤニヤと笑っていたエルドリックも、向き合うと同時に顔から笑みを消す。
普段のユルい態度からは想像も出来ないような、不気味なほど静かな眼だった。
それだけで、ジャックの緊張が最大まで高ぶったのは言うまでも無い。
睨み合ったまま、どちらも少しも動かない。
互いに隙が全くないのだ。
さっきまで大騒ぎをして見物していた団員達も、妙に静かだった。
エルドリックの一瞬の隙を衝いて、ジャックが大きく踏み込んだ。
先程までの相手なら、この一撃を躱すことはできなかっただろう。
瞬時に勝負がついていたに違いない。
「力だけじゃ俺には勝てないよ~」
しかしエルドリックは攻撃を軽く受け流しながら背後に回る。
そしてそのまま剣を打ち下ろした。
「てめぇ・・・殺す気か・・・」
間一髪で受け止めた剣を押し戻しながらジャックが呻く。
文字通りの真剣で戦っているのだ。
受け止めなければ大怪我では済まされなかっただろう。
「このくらい止めれるでしょ~?こんなのも止めれないんじゃいつまでたっても俺に勝てないよ~」
気の抜けた口調とは裏腹に、エルドが攻撃の手を休めることはなかった。
『こいつ・・こんなに強かったか?』
始めはほぼ互角に戦っていたジャックだが、だんだんと押され始めてきた。
エルドの剣を払いのけて距離を置くも、肩で息をしている。
強くなったとはいえ、力の差は歴然だった。
「まぁまだ時間はあるんだからさ。また戦ってあげるよ~」
エルドはニコッと笑ってそう言うと、一気に間合いを詰める。
剣を構えなおす前に、ジャックの手から剣が落ちた。
剣の落ちる音が、やけに大きく響いた。
「はーい、俺の勝ち~」
呆然と二人の勝負を見ていた団員達に向かって、エルドが高々と剣を掲げる。
やや間があってから大きな歓声が沸いた。
下を向いたまま悔しげに剣を鞘に収めるジャックを、団員達の間からロゼが見つめていた。



その夜、皆が寝静まった後も、一人甲板で剣を振るジャックの姿があった。
「・・・何だよ、ロゼ」
気配で分かったのか、背を向けたまま呟くように聞く。
「いや、エルドに負けてしょげてるだろうから慰めてやろうと思って。呑むか?」
二本持った酒の瓶の片方を差し出しながら聞くと、剣を鞘に収めて瓶を受け取る。
余程長い時間練習をしていたのだろう、その場に腰を下ろすと大きく息をついた。
「…サンキュ」
「強くなったじゃん。まぁ負けたけどさ。前なんか二、三回打ち合えば勝負ついてたのに」
「負けは負けだ」
受け取った酒を流し込みながら言う。
何と声を掛けようかとロゼが迷っていると、飲み干した酒の瓶を手で弄びながらニッと笑った。
「ま、でも次は勝つね」
「何だ、立ち直りが早いな」
拍子抜けしたようなロゼを見て、またニッと笑みを浮かべる。
「反省は終了だ。こんなとこ居たら風邪ひくぜ。早く中に・・・」
そこまで言うと、急に言葉を切り、目を細めて何かを見ている。
「ん?今度は何だよ」
「皆を起こせ」
少し前まで笑っていたジャックの豹変振りにロゼが戸惑っていると、黒い海を指し示して言った。
「炎が見える・・・敵船だ」
「何?!」
持っていた望遠鏡を覗くと、暗くて分かりにくいものの遠くはなれた船の上には蠢くたくさんの人影と炎が見える。
「夜襲をかけるつもりなんだろう。そうはさせるか」
望遠鏡を覗いたまま、ロゼが呟くように言う。
「ああ。戦闘準備だ」
言葉を交わした次の瞬間には、もう二人とも駆け出していた。



「おい!エルド!起きろ!!」
「なに~こんな夜中に~…」
「呑気に寝てる場合じゃねぇ!!奇襲だ!!」
「・・・奇襲?」
その一言で、寝ぼけていたような瞳が光を宿す。
呑気でユルいこの男も・・・根っからの海賊なのだ。
「皆を起こして」
「もうロゼが行ってる」
その言葉を聞くと、長く伸びた髪を一つに結びながらニッと笑った。
「さすが俺の息子だね~」



「敵の数は?」
降りてきた見張りに落ち着いた様子でエルドリックが問う。
「およそ倍はいるな。暗くてよく見えないが」
「なら大丈夫だ。ね~ジャック?」
にっこりと自分に笑いかけるエルドリックにちらりと目をやり、ジャックが答える。
「余裕だろ」
勢いよく剣を引き抜くと、正面から迫ってくる船を見つめる。
もうすぐそこまで、相手のざわめきが聞こえている。
今から始まる戦闘が、待ちきれないといった様子の落ち着かないざわめき。
「大砲準備」
エルドリックの低い声が響く。
「…撃て」
撃った大砲が、相手の船の周りで爆発する。
先程とは違うざわめきが相手の船内で広がる。
夜襲を仕掛けるつもりが不意を衝かれ、慌てふためいているようだ。
そうこうしているうちに、船を横に着ける。
「おーし、乗り込むぞ~」
「・・・なんかお前の声、気ィ抜けるんだよな・・」
エルドリックとジャックが同時に相手の船に飛び移っていく。
それに他の船員が次々と続いた。



敵の数は思ったより多いようだ。
中には苦戦を強いられている船員もいた。
しかし・・・
「何だ・・・こいつらはっ!!!」
相手が怯むのも無理はない。
剣を構えたときには既に遅いのだ。
相手がたじろいだ時にできる一瞬の隙を、ジャックは見逃さなかった。
一方のエルドリックはというと、姿もはっきり見えないほどのスピードで次々と斬り倒してゆく。
風が通ったと思った次の瞬間、自分の体に深々とできた傷に気付く。
『神風のエルド』の異名を持つ所以だった。
完全に勝負はついていた――――。誰もがそう思った。
一息ついたジャックが、自分達の船を振り返ったその時だった。
「オィオィ、ガキが随分と暴れてくれるじゃねぇか。ウチの部下をこんなに斬りつけてくれちゃってよォ」
冷たい殺気。
背筋に緊張が走るのが分かった。
さっと振り返ったジャックの目に一人の男が映る。
・・・・・こいつ、強い。
「何だ、お前は・・・」
「おっと、俺を知らねェのか??俺の首には賞金もかかってるってーのによ」
「賞金首…?」
「何をボケっとしてる。来ないなら俺から行くぜェ」
不意を衝かれた。
間一髪で防御はしたものの、体勢が立て直せない。
斬りかかっても余裕で払いのけられてしまう。
さすが賞金首とでもいうべきだろうか。
ジャックでも、攻撃を受け止めるのが精一杯だった。
「つまんねェな、こんなもんかよ」
「ッ・・!バカにしやがって・・!!」
渾身の力を込めて斬り上げたジャックの剣が嫌な音を立てる。
ゴトリ、と音がして剣の先端が床に落ちた。
賞金首は底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ここまでだなァ。…ま、死んどけ」
賞金首が剣を振り上げる。
折れた剣では防ぐことも儘ならない。
『俺も・・・ここまでか・・・』
死を覚悟し目を閉じたとき・・・自分の前を、一筋の風が通った気がした。
剣が肉を穿つ嫌な音がして、生暖かいものが頬に飛び散る。
だが、どこにも斬られた感触がない。
おそるおそる目を開けると――・・・
「…まだ…まだだなぁ~・・・ジャック…」

そこに見えたのは、自分が貫かれるはずだった剣に体を貫かれたエルドリックの姿だった。

見慣れたエルドリックの背中が、みるみる赤黒く染まっていく。
「何で…何で、俺の事なんか庇うんだよ…!!!」
喉から絞り出した声は、自分の声ではないようにどこか遠いところで響いている。
「お前は…俺の…息子だからな…。子供を護るのは…親の務めだろ~?」
失血でどこか青白い顔で力なく微笑む。
「ほら・・・お前にやるよ・・・」
苦しそうに顔を歪めながら、エルドが自分の剣を差し出した。
「・・・・見せてくれよ・・・お前の・・・強さを、さ」
無言で剣を受け取った。

――――俺はもう、負ける訳にはいかない。

「まだやるのか?懲りないねェ。お前みてェなガキごときが俺に敵う訳ねェだろう!!」
エルドリックの一歩前に出て、余裕の笑みを浮かべる賞金首に向き直る。
「…親父を犬死にさせるわけにはいかねぇからな…」
「何だァ、お前ら親子だったのか?それなら・・・二人まとめてあの世へ送ってやるよ!!!」
賞金首が勢いをつけて斬りかかって来る。
握り締めた剣に、重みがかかる。
数秒の間の後、半歩後ろで、すれ違うように剣を交えた相手がゆっくりと前に倒れる。
「・・・やるじゃん、ジャック…。さっすが、俺の息子…だな・・・」
後ろから途切れ途切れに声が聞こえる。
船員達が急いで走ってくるのが、目の端で見えた。
エルドリックの周りは紅い血で染まっている。
「おい!!死ぬんじゃねぇぞ!!!」
抱き起こしながら話し掛けると、虚ろな目でこちらを見つめる。
「エルド!!しっかりしろ!!」
駆けつけてきたロゼが止血を試みるが、傷が深すぎる。
いつの間にか団員達が三人を取り囲むように立っていた。
「なぁ!また戦ってくれんだろ?約束したばっかじゃねぇか!!今度は勝つって決めたんだ!!」
ジャックの言葉に、エルドリックが力なく笑って答える。
「・・・父親の俺に勝とうなんて・・・百年早いよ~・・」
小さな、かすれた声ではあったが、こんな死に際に立たされても、その表情、声、そして態度には――海賊団の船長としての威厳が感じられる。
「今日…からは…ジャックが新しい船長だ・・・。頼りねぇだろうが…お前ら、仲良く…やってくれよ…」
そう言うと、もう焦点の合わない目で団員たちを見つめる。
「あんたが見込んだ男なら俺たちは文句ねぇよ」
「ああ、ジャックに敵う奴なんかあんたぐらいしかいねぇしな」
団員達の声を聞くと、エルドリックはニッと笑った。
いつもと何ら変わらない、屈託の無い笑顔だった。
「・・・ありがとな・・。後は頼んだぞ。…ジャック船長」
エルドリックを抱きかかえている腕にぐっと重みがかかる。
「……エルド…」
もう返事は戻ってこない。ずっと。一生。どれだけ待っても。
「ちくしょう…!俺がっ…もっと強ければっ…!!!」
やりきれない思いが体の中を駆け巡り、動かなくなったエルドリックを支える腕に力がこもる。
後から後から止め処なく流れ落ちてくる涙を止める術が分からなかった。
「自分を責める事ねぇよ。…仇は取っただろ」
隣にいるロゼの声が、やけに遠いところから聞こえる。
そっとエルドリックを床に横たえさせ、立ち上がる。
「俺のせいで・・・俺のせいでエルドは死んだんだ。俺に船長になる資格なんて…」
ない、と言おうとした瞬間、横から強い衝撃を受けて床に倒れこむ。
「な・・・」
「ふざけんな!!!」
ロゼの目には、光るものが溜まっていた。
倒れこんだジャックの胸倉を掴んで、怒鳴るように言う。
「エルドが・・・あいつがどんな気持ちでお前を守ったと思う?!何でお前に船長を託したのか…お前には分かんないのかよ!!」
その言葉に、はっとした。

――――俺は、なぜ生かされた?

動かなくなったエルドリックを、もう一度抱き起こした。
エルドがいつもしていた黒いピアスを取って、自分の耳につける。
「これは…貰っとくぜ?」
かすかに笑ったようなエルドリックの顔に語りかける。
「エルドも息子を庇って死んだなら本望だろうよ。…あのまま助けられずにお前が死んでた方が、こいつには辛かったと思うぜ」
「・・・ああ。・・・そういう奴だよな、こいつは」
背後から聞こえるロゼの声に答えてから、ある事に気付く。
「お前…俺たちが親子だって知って…?」
自分を見上げる困惑した表情のジャックを見て、ロゼがこくりと頷いた。
「ああ、皆知ってる。お前に知らせた直後に、あいつ一部屋一部屋回って皆に教えたんだ。
 今まで黙ってて悪かった、ジャックは嫌がるだろうから今までどおり普通に接してやってほしい。
 でも、もし自分に何かあった時はお前をよろしく頼むぜ、って」
「・・・そうか」

いいかげんで、嫌味なことばっかり言って。
いつもへらへらして俺の事バカにして、アホで間抜けでガキっぽくて。
・・・・・でも、いつも俺の一歩前を歩いてて、強くて、優しくて、大きくて。

「あんたの息子に生まれて来て良かった。・・・誇りに思うぜ、エルド」
立ち上がって、神妙な顔をしている団員達の方を振り向く。
ポケットでシャラ、と音がした。
それを取り出して、首にかける。
「今日から俺が船長だ。お前ら、よろしく頼むぜ」
一瞬の間があって、温かい歓声が起こる。



エルドリックが…親父が残してくれた仲間。
これからは、俺が守りたい。
俺の中に親父が残っているように、いつか俺が死んだ時、みんなの中に俺が残っていられるように。
暗闇の中、首にかかったネックレスが鈍く金色に光っていた。


★追記にてあとがき。

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