2009-05

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◆◇カリブの狼◇◆<第2話>

はっきりとしない意識の中で何か聞き慣れない音を聞いた気がして、パールはゆっくりと目を開いた。
夢の中にいるように霞んでいた視界が、次第にはっきりと現実味を帯びてくる。
曖昧模糊とした夢の世界から、自分の生きる世界へ戻ってくる。
大きな窓にかかるカーテンを開ければ、そこから見えるのは燦々と輝く太陽に照らされる海と木々。
窓を開いて、僅かに潮の香りのする乾いた風を部屋へ呼び込む―…。
パールは毎朝味わうこの瞬間が好きだった。
しかしパールの目に映ったのは、やたらと低く古びた様な天井だ。
まだ覚醒しきっていない頭を懸命に働かせてみるが、記憶の中にこんな場所はなかったように思う。
自分にかけられていたごわごわとした硬い毛布をどけて恐る恐る体を起こしてみると、さほど大きくはないベッドに寝かされていたのだということが分かった。
あたりは暗かったが、寝ていたベッドの隣の棚に置いてある照明から、黄色い光が漏れている。
それとなくその照明に目を移したパールは、思わずぎょっとしてそれから目を逸らした。
照明として使われていたそれは、琥珀色の髑髏だった。中で火が燃えているらしく、不定期に光が揺らめく。
部屋には埃と潮とアルコールの入り混じった複雑な臭いが漂っていて、気分が悪くなりそうだった。
「私…どうしたんだっけ?」
思わず不安が口を衝いて出た。
すると、その言葉に反応するかのように部屋の奥から声が聞こえた。
「目が覚めたか?」
誰もいないと思っていた部屋で突然声をかけられ、悲鳴を上げることもできずにただ声の方向を振り向く。
暗い部屋の中、青く光る目が一つだけ見えた。
人影が近づいてくると、それは右目に眼帯をつけた男性だということが見て取れる。
聞きなれない音の正体は、男の弄っていた道具のたてた金属音だったのだろう。
手にしていた道具を大きな羊皮紙の広げられた机へ置く。
実物を目にするのは初めてだったが、おそらくあれは羅針盤と呼ばれるものだろう。
すると広げられている羊皮紙は海図だろうか。
そういえば、船独特の揺れも感じられる。
髑髏。眼帯。羅針盤。海図。そして船。おそらく…海賊船。
パールは全身の血の気が引いていくのを感じた。
そんなパールの状況を知ってか知らずか、男は部屋に所狭しと置かれた荷物を器用に避けながらベッドへどんどん近付いてくる。
逃げ出すことすらできずにただ毛布を握りしめるパールの前で男は足を止めた。
どういうわけかどこか不思議そうな表情でパールを見つめている。
意図が分からずに眉をひそめて見つめ返すパールを、男はひょいと指差した。
「息。苦しくない?」
そう言われて初めて、驚いて息を止めたままだったことに気づいた。
おずおずと息を吐きだしたパールを見れば、男は小さく噴出す。
顔の半分を覆う眼帯のせいで表情が読み取りづらいが、よく見ればまだ年は若そうだ。
不躾かとは思ったが、他に尋ね方が思いつかない。
「あなたは…海賊、ですよね」
「あぁ。この船、ウルフ海賊団の船長をしてる。ジャック・ウルフだ」
やはり。もはや疑うべくもなかったが、その言葉に間違いであればいいという最後の希望もなくなった。
アクロチカはカリブ海に浮かぶ島国だ。
国で何度も、野蛮な海賊の噂を聞いたことがあった。
逃げなければ。パールの頭を支配するのはもはやその言葉だけだった。
しかし船もないのに、どうやって逃げようというのか。
それに、自分のものとは思えないほど体が重い。このままでは逃げ出すことはおろか普段通りに歩くことすらできそうにない。
「ちょっと待ってろ。今船医を連れてくる」
そう言い残し、ジャックと名乗った男は部屋から出て行った。
急に音のなくなった部屋の中、先ほど感じた不安が増してくる。
静寂の中聞こえるものと言えば、波の音だけだ。
人の気配を感じないところをみると、時刻は夜中なのかもしれない。
ふいに暗い海の中でたった一人佇んでいるような不安を覚え、パールはぎゅっと体を縮めた。



ほどなくして、ジャックが部屋へ戻ってきた。
その後ろから顔をのぞかせたのは、派手なオレンジの髪をした女性だ。
強気そうな大きな目で、様子を窺うようにパールを覗き込む。
「やーっと目が覚めたみたいだね。あんた、二日間も眠りっぱなしだったんだよ。もう起きないんじゃないかと思った」
女性にしてはいくらか低めだが、よく通る声だった。
声の大きさと存在感だけで圧倒されてしまいそうになる。
「ジャックにお礼言いな!こいつずっとあんたの事看病してたんだ」
「ロゼ…お前余計な事言うんじゃねーよ」
含み笑いを浮かべる船医を軽く睨み、ジャックはベッドの隣に引っ張ってきた椅子を顎で示す。
ロゼと呼ばれた船医は、差し出された椅子に腰を掛けるとパールの手を取り脈を取り始めた。
そこで初めて、パールは自分の腕に包帯が巻かれていることに気づいた。
少し熱を持っているような気はするが、痛みを感じるほどでもない。
「んー、多少速いな。まだ熱も下がりきってないみたいだし、もうちょい寝てたほうがいいかな」
脈を取り終わったロゼがそう言って立ち上がると、ジャックはロゼが座っていた椅子へ腰掛けた。
「なぁ、よく聞いてくれ。俺たちは別にお前に危害を加えようなんて思っちゃいない。海賊なんて評判のいいもんじゃねぇからな、こんな船に乗ってるのは嫌かも知れないが…次の港で降ろしてやってもいい。とりあえずしばらくはここで休め」
その言葉を聞いたパールの瞳に、懐疑の色が浮かぶ。
これまで話に聞いていた海賊のそれと、あまりにもかけ離れた態度に戸惑うのも無理のないことだろう。
何か裏があるのだろうか。何しろ相手はあの野蛮な海賊なのだ。
しかし自分を見ている澄み切った目に、偽りの色は伺えなかった。
どう返事をしたらいいものか迷っていると、ロゼと呼ばれた船医がジャックの話の後をついだ。
「あたしらは、あんたが海に流されてるところを見つけて引き揚げたんだ。近くで船が沈没してたから、大方それに乗ってたんだろ」
ロゼの言葉の後に、少し躊躇するような間が空いてからジャックが言った。
「お前、家はどこなんだ?」
「私…は…」
どう答えたらいいものか迷っているうちに、周りの風景が醜く歪んだ。
頭の中がぐるりと反転したような気がする。
遠くなる意識の中で、判然としないジャックの声と、自分の体を支える強い力を感じた気がした。



次に目を覚ました時、部屋の中は静かだった。
ふと部屋を見回すと、壁沿いのソファの上でジャックが寝ている。
ずっと付いていてくれたというのは本当らしい。慣れない看病に疲れたのだろう。
毛布の様子からして、それがジャックの寝た後に掛けられたものであることが分かった。
船室を照らす光源へふと視線を移す。
今度は恐ろしげな髑髏ではなく、窓から外の日光が差し込んでいた。
小さいながらもその窓から見える限りでは、日は高いようだった。
おそらく昼過ぎくらいだろう。
そっと起き上がり、微かに軋む床を踏みながらジャックの寝ているソファへ近づく。
「あの…」
遠慮がちに声をかけると、小さな声だったにもかかわらずジャックは目を覚ました。
「おお、起きたのか。熱は下がったみたいだな…だいぶ顔色が良くなった」
寝ている間にずれてしまった赤いバンダナを頭に巻き直しながら言う。
「はい。あの…ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてそう言うパールに礼なんて、とジャックが笑った時、ドアをノックする音が響いた。
「いいぞ」
ジャックが返事を返すと、ドアが開いて金髪の男性が遠慮がちに部屋を覗いた。
「おーヴァンス、いいとこ来たな」
「…声が、聞こえたから」
極端に口数が少ない。必要最低限の単語しか話さないが、そんな会話にも慣れているらしくジャックは気にも留めない。
「腹減った。こいつにも何か食いやすそうな物持ってきてやって」
ヴァンスは表情一つ変えないまま小さく頷くと、パールへはちらりと視線をくれただけで部屋から出て行った。
二人のやり取りを不思議そうに見ていたパールに気付くと、すかさず紹介をしてくれた。
「この船のコックのヴァンスだ。ちょっと無愛想だけどあれで結構いい奴なんだぜ」
気を失う前に見たときはもっと怖そうな人だと思ったが、部屋が明るいせいだろうか、前より優しそうな表情が伺えた。
顔を覆う眼帯のせいで、多少表情は読み取りにくいが。
「海賊が珍しいか?」
ソファへ座るように手振りで示しながら、ジャックが聞いた。
自分でも気付かないうちに、随分長く見つめていたのだろう。
「い…いえ、すみません」
急に恥ずかしくなってパールは慌てて視線をそらした。促されるままにおずおずとソファへ腰を下ろす。
考えてみれば、自分の世話係や家族以外の人とこうして口を利くのはほぼ初めてだった。
婚約者であるロビンソンとですら、数えるほどしか会話をしたことはなかった。
緊張したようなパールを見て、ジャックが笑いながら話しかけてきた。
「まぁそうかしこまるなよ、ここは海賊船だ。お行儀よく堅苦しい話し方してたってあいつらには珍しく映るだけだ。自由が欲しくて集まってきた奴らばっかりだから、今更気なんか遣うことねぇさ。言いたくなきゃ身分なんて隠してればいい。そういう奴も中にはいるからな」
自由、というジャックの言葉に、どこか惹かれた。
それは、王宮暮らしのパールには決して手に入らないものだった。
何不自由ない暮らしの中、窓から見える広い海に何度心を奪われただろう。
どこまでも青く澄み切った空を飛びまわる鳥たちを幾度羨ましく思っただろう。
「…私、ずっと親の言いなりで生きてきたの。反抗せずに、ずっと。でも、本当はずっと自由に生きてみたかった」
いつの間にか口から言葉が溢れ出ていた。
直後、慌てて口を噤む。私、何言ってるんだろう。知り合ったばかりの海賊に。
「そうか」
その声と共に立ち上がったジャックを見遣る。
「なら、拾われたのが海賊でラッキーだったな」
深い海を思わせる青い瞳に、どこか悪戯な光を浮かべてにやりと笑う。
相変わらず微笑んではいるものの、その目は海賊ならではだった。
「ようこそ、ウルフ海賊団へ。…お前はもう自由だ」
思いがけないジャックの言葉に驚いているパールを後目に、当のジャックはテーブルの上を片付けている。
自分の言葉にパールが驚いているなんて思ってもいない様子だ。
「自由…」
それはパールが一番欲しかったものだった。そして永遠に手に入らないはずのものだった。
測量の道具を机の脇によけていたジャックの手元から、一枚の地図が舞ってパールの足元へ落ちた。
「あ、悪い。拾ってくれるか?」
パールが拾い上げたそれは、アクロチカ周辺の海図だった。
自分の住んでいる国が、この地図の上ではとても頼りなく小さく見える。
「広いぜ、海は」
食い入るように地図を眺めていたパールは、頭上から降ってきた声に顔を上げる。
いつの間にか隣に立っていたジャックが、一緒になって地図を覗き込んでいた。
ちょうどそこへヴァンスが料理を持って入って来た。
「…飯」
「おう、サンキュ」
料理の乗った皿を差し出したヴァンスを押しのけるように、ロゼが部屋に入ってくる。
「うちらもここで一緒に食べるから!ねー、ヴァンス」
手にした酒の瓶を机に置きながらにこやかに宣言すると、同意を求めるようにヴァンスへ顔を向ける。
「…俺はいい」
「だってさジャック!椅子2コ追加!」
相変わらず無愛想なヴァンスを強引に捕まえて、ロゼはにやりと口角を上げて笑う。
あからさまに顔を顰めるヴァンスの意見などロゼの耳には届いていないようだ。
「あ?何でロゼまでいるんだよ。お前がいちゃ俺らが話す時間は無さそうだな」
口ではそう言いながらも、ジャックは楽しそうだ。
「いいじゃん!うちらもこの子とおしゃべりしたいも~ん。」
「いや…俺は」
言い終わらないうちに、ロゼが近くにあった椅子にヴァンスを座らせる。
助けを求めるようにジャックのほうを見ていたヴァンスだったが、当のジャックも苦笑を浮かべている。
「まぁ諦めろ」
「そうそう。諦めな!」
ジャックとロゼにそう笑い飛ばされ、ヴァンスも仕方なくといった様子でそこへ落ち着いた。
微かに湯気の立つスープを無言でパールの前へと差し出す。
これを食べろということらしい。
「あ…ありがとうございます」
パールがお礼を言うと小さく頷いた。
「そういえばお前、名前なんて言うんだ?」
さっそく大きな骨付き肉をほおばりながら、思い出したようにジャックが聞いた。
「パールといいます。あの…よろしくお願いします」
堅苦しいパールの敬語を聞くとジャックが手に持った肉を振りながら苦笑した。
「敬語はナシにしてくれよ。この船はみんなそうだからさ。名前も呼び捨てばっかりだからお前もそうしろよな」
「うん、みんなあんたのこともジャックって呼んでるもんね。船長なのに」
パンを口に放り込みながら、ロゼがそう頷く。
「おう、船長への敬意が全く見られないよな、ここの連中は」
「だってあんた船長って感じしないんだもん。年も下だしさぁ」
確かに、改めて見るとジャックは若かった。
歳はパールとさして変わらないだろう。
「何で、ジャック…が、船長なの?まだ若い、のに」
慣れない話し方に躓きながらも話すパールを面白そうに見てジャックが答えた。
「俺の親父がな、前の船長だったんだ。息子の俺が継ぐことになっただけだ」
「ま、それも一つの理由なんだろうけど。エルドはそれだけで選ぶような奴じゃねぇだろ。
あんた産まれてすぐの頃からこの船乗ってたもんね。一番戦い慣れてるのも強いのもジャックなんだよ。…こう見えても」
「そんなことねぇよ。ってかこう見えてもって何だ」
ジャックはそう言って笑っていたが、何となく分かる気がした。
何か人を惹きつける、特別な雰囲気がジャックにはあった。
「海賊って、もっと怖い人たちかと思ってた」
ぽつりと漏らしたその言葉に、今まで黙ってみんなの会話を聞いていたヴァンスが呟くように言った。
「…ここが特別なんだ」
どういうことか聞こうとすると、それより先にジャックが話し始めた。
「海賊ったって、ここには色んな奴がいるからな。家がねぇ奴とか、自由を求めてきた奴とか。
売られた喧嘩は買うけど、あんまりこっちからはしかけねぇしなー」
「ここが特別ってか、ジャックが変なんだよ」
料理を食べながらロゼが言うと、ヴァンスも頷いている。
「失礼な奴だな、お前ら」
「何だよ、ホントの事だろ」
「…何か、家族みたいだね」
パールが言うと、「まぁそんなもんかな」とジャックが笑った。
「あんたも今日から仲間だろ。よろしくな、パール。女が増えて嬉しいよ」
「こいつホントはこんなに優しくないんだぜ?なぁ、ヴァンス」
パールの方を覗き込んでにっこり笑うロゼを見て、ジャックが茶化した。
さりげなく笑っていたヴァンスを小突いて、「後で覚えとけよ」とロゼが笑う。
知らず知らずのうちに、パールもこの空間に溶け込んでいた。
自分がここにいていいのか、国の方ではどうなっているのかと、分からないことはたくさんあったが、ただ一つ確かなのは今日がパールにとって今までの人生で一番楽しい日だということだった。
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