2017-08

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◆◇カリブの狼◇◆<第3話>

それからの日々はとても速く過ぎていった。
王宮にいた頃は長くて仕方がなかった1日が飛ぶように過ぎていく。
気が付けば、パールがこの船に乗って10日あまりが過ぎていた。
始めは会話ひとつにも緊張していたパールだったが、一緒に食事などをしているうちに他の団員にもだんだん慣れていった。
特に歳の近いジャック、ロゼ、ヴァンスとは常に一緒にいると言ってもよいほど仲がよかった。
特別何をするでもなかったが、パールにとっては毎日が楽しかった。
この日も、4人は晩御飯の材料にするため釣りをしていた。
「うしっ、また釣れた。大漁大漁!!」
ジャックが満足げに釣り針から魚を取り外し、後方のバケツへと放り投げる。
乱暴に投げ入れられた魚が、水を大量に弾き飛ばしながら暴れ狂う。
「釣り楽しいだろ、パール」
隣に並んで船の縁に腰かけたロゼが、パールへと笑顔を向ける。
釣竿を両手で持ち、油断なく水面に目を光らせていたパールは口を尖らせてロゼを見た。
「…釣れたら楽しいかも」
パールの後方に置かれたバケツには、まだ1匹の魚も入っていない。
残念そうにそちらへ視線を移したパールの背中を軽く叩きながらロゼが自分のバケツを指差す。
「そんなん気にするなって!うちらが焦って釣らなくたって他のやつらが頑張るから!」
快活に笑うロゼのバケツも、パールと同様空っぽだった。
「こうやってみんな並んでのどかに釣り!それが楽しきゃいいんだって!」
成果は気にせずにただ楽しそうに釣り糸を垂らすロゼの手元を一瞥し、ヴァンスが声を掛ける。
「…ロゼ、引いてる」
「ん?」
その声に我に返り、ロゼが手元へと目を戻せば、水面に小さな波紋が広がっていた。
「…逃げた」
「お前っ、もっと早く教えろよ!」
憤慨した様子で釣竿を引いたロゼを見て、ジャックがわざとらしく噴出してみせる。
「どんくせぇ」
「うるせえなっ!あーもう、やめだ釣りなんか。おい、見張り交代しようぜ」
釣竿を放り出して見張り台へと足早に去っていくロゼを見て、パールも笑いをこらえていた。
「のどかに釣りしてればいいって自分が言ってたのに」
「あいつ短気だからなぁ」
パールの後を継いで言いながら、ジャックがまたもや魚を釣り上げる。
半円を描いて釣りあげられた魚の鱗が太陽に反射して、あたりに光を撒き散らした。



見張り台の上で、立てた樽へ腰を預けてロゼが口を尖らせる。
「ちっ。いくらのどかな釣りが楽しいったって、なんであたしは釣れなくてジャックとヴァンスばっか釣れるんだよ。それが気にくわねー!」
望遠鏡を手にして縦横無尽に水平線を眺めながら悪態をつく。
「きっとあたしらの獲物をあいつらが横取りしたんだ。欲深い奴らめ、ジョーンズのロッカーに落ちちまえ」
「聞こえてるぜ、ロゼ!釣りの才能妬むのはいいけどちゃんと見張ってろよ」
見張り台を見上げながら、勝ち誇ったような笑顔を浮かべてジャックが揶揄する。
「魚に好かれたって嬉しくねえっつーの」
ジャックとやり合っても無駄だと判断し、小声で悪態をつきながら、海へと向き直る。
「ちまちま魚釣ってるよりこっちのが性に合ってんだよ」
ロゼは見張りが好きだった。
誰よりも高い場所で、誰よりも強い風を受け、見渡す限りの大海原へと目を向ける。
空を舞う海鳥の鳴き声をすぐそばで感じると、海を独り占めしているような気分になった。
そして何より。
「ジャック!」
和やかに海を見渡していたロゼが、鋭い声を上げる。
その声に反応してはじかれた様にジャックが振り向いた。
一時前まで釣りを楽しんでいた人物とは思えない、鋭い視線。
「3時の方角に敵船発見だ!なんか見覚えのある海賊旗だぜ!」
「どんな旗だ?」
近くの団員へ釣竿を託し、訊ねながら自らも見張り台へと駆けつける。
片手でジャックへロープを投げ渡しながら、望遠鏡を覗き込んだロゼが答える。
「紅い目した髑髏が妙な帽子かぶってるやつだ。なんつったっけあの帽子…あぁ、シルクハットだ」
「…シルクハットだと?」
ロゼから投げられたロープを掴んだジャックが剣呑に眉をひそめる。
ちらりとヴァンスへ意味ありげな一瞥をくれ、急いで見張り台へと上がって行った。
視線の先を追ったパールが隣に佇むヴァンスを見上げると、まだ遠く離れた海賊船を睨みつけるような目付きで見ている。
体の内側から迸る怒りを視線に集中させたかのような、険悪な表情。
いつも無表情ではあるが、どこか穏やかな雰囲気を漂わせるヴァンスのそんな表情を見たのは初めてだった。
「…あの海賊船がどうかしたの?」
様子をいぶかしんだパールが訊ねると、ヴァンスが押し殺したような低い声で答えた。
「…俺がいた船だ。ここに来る前に」
「え?この船に来る前って…」
パールが反芻するも、それ以上語ることなくヴァンスは早足で見張り台の元へと歩き寄る。
気づけばヴァンスだけでなく、他の団員も続々と集まって来ていた。
その手に様々な武器を握りしめて。
頭上を仰げば、ロゼから望遠鏡を受け取ったジャックが唇を真一文字に結んで敵船を凝視している。
「懲りねぇ奴らだ」
苦々しい顔でそう吐き捨てると、ロゼに望遠鏡を突き返すように渡す。
見張り台から降りると、ジャックは一直線にヴァンスの元へ歩き寄ってきた。
「あいつらだ」
「…そうだな」
ヴァンスの表情は動かない。
思いつめた様子のヴァンスを見上げるようにして、ジャックが念を押すように確認をする。
「大丈夫だよな?」
「…ああ」
相変わらず船の方を見つめたまま答えるヴァンスの肩を軽く叩くと、ジャックが声を張り上げた。
「大砲準備!!てめぇら速く位置に付け!!!」
ジャックの指示で、いつもは陽気な団員たちも戦を楽しむ海賊の顔になる。
団員たちがそれぞれの定位置につくのを見送りながら、肩越しにジャックが振り返る。
「ロゼは今回パールを守れ。自分からは仕掛けなくていい」
「分かった。パール、こっち来な」
それだけ言うと、手を引いて船室の入口の角になっているところにパールを押し込み、自分はパールの前に立ちはだかって足のホルスターから銃を抜いた。
慣れた調子で弾の残数を確認、馴染ませるかのように手の中の銃を弄ぶ。
団員たちそれぞれが定位置に付いた頃になっても、1人ヴァンスだけが先程の位置を動くことなく怒りに燃えた目で迫ってくる海賊船を睨み付けている。
「ねえ、ロゼ…」
自分を守るように立ちはだかるロゼに、パールは聞かずにはいられなかった。
「ヴァンスはどうしたの??いつも怖いくらいに冷静なのに…なんか今日は別人みたい」
「詳しくはあたしも知らないんだ。ジャックもヴァンスも何も言わないから。でもヴァンスがこの船に来た時、あいつの体は傷だらけだった」
最後の方は、ロゼの声が震えていた。
泣いているんじゃない…怒りに震えた声だった。
「この戦い、負ける訳にはいかないんだ。ヴァンスの為にも」



背後に近寄る足音を聞き、ヴァンスが振り返る。
焦燥を交えた瞳に映ったのは、不敵に笑うジャックの顔。
「怖いのか」
ふいにジャックがヴァンスに話し掛けた。
「…違う」
迷いを振り切るように、自分に言い聞かせるかのように、ヴァンスが大きく首を振る。
「お前が負けるのは自分に負けた時だ。弱かった過去の自分に」
ジャックの言葉に、ヴァンスの強張った肩が少しだけ動いた。
「あいつらが、今のお前に敵う訳ねぇ。お前に戦い方教えたの誰だと思ってんだ?」
迷いや恐れなど微塵も感じさせない態度で、緊張を解すかのようにヴァンスの肩を軽く叩く。
自信ありげな笑みを浮かべるジャックを見て、ようやくヴァンスの表情にも普段の冷静さが戻る。
その様子を見てもう一度軽く笑いかけると、ジャックが声を張り上げた。
「いいか、お前ら!気合い入れろよ!!」
ジャックの一声で、船全体を揺るがすほどの大きな歓声が上がる。
その様子を満足げに眺めたジャックが、好戦的な笑みを広げる。
やはり若くても、ジャックは立派な船長だった。
それから、パールを背後に庇うロゼを振り向いて叫ぶ。
「パールを頼んだぞ、ロゼ!!」
「命に代えても」
ロゼもニヤリと笑って答えた。




爆発音と共に水面が激しく揺れ、敵船から次々と大砲が打ち込まれる。
船のすぐ近くで大きな水柱が立った。
「撃ってきやがったな・・あの船の左側につけろ!!右舷の大砲用意!!」
ジャックの指示を聞くや否や、団員達が慌しく動き始めた。
「砲台を狙え!砲撃開始!!」
こちらの船からも続け様に大砲が打ち込まれる。
その中の一発が、見事に命中した。
向こうの大砲はもはや使用不可能だろう。
接近戦に備えて、俄かに騒然とした敵船へじりじりと距離を詰めてゆく。



―――――沈黙を破ったのはジャックだった。
海賊にしては珍しい大きな諸刃の剣を抜き放ち、片手でロープを掴んで相手の船に飛び込んでゆく。
ヴァンスを中心に、その後をウルフ海賊団の面々が続いた。
戦闘員の数でいえば勝ち目は薄いだろう。
船の大きさも、二回りほど向こうの方が大きかった。
しかし――
初めて目にするジャックの強さは恐ろしいまでだった。
ともすれば捨て身ともとれるような、大胆すぎる攻め方だ。
相手の間合いに入ることなどお構いなしに、しかし油断なく斬り込んでゆく。
自分が相手の間合いに入るという事は、即ち相手を自分の間合いへ呼び込む事と同義だ。
精一杯自分へと引き付けた剣の一振りで、一度に5人は倒しているだろうか。
相手が剣を振り上げる一瞬の隙を、ジャックが見逃すことは無かった。
とても片目しか見えていないとは思えない身のこなしだった。



ヴァンスも負けてはいなかった。
こちらもあまり目にすることのない、2本の刀をいとも簡単に扱い、走り抜けるようにして倒していく。
目は相変わらず怒りを浮かべていたが、己を失ってはいない。
長年味わった苦しみを、今ここで晴らすかのようだった。
「ヴァンス!!船に戻って加勢しろ!!」
ジャックの声で、ヴァンスがくるりと踵を返す。
いつの間にかこちらの船にも敵がたくさん攻めて来ていた。
ロゼとパールの周りにも、ロゼの銃弾に倒れた敵が幾重にも折り重なっている。
ヴァンスが船に踏み込んだ瞬間―――
「やっぱりこの船にいたか。久し振りだなぁ、コックさんよぉ」
声のした方に目をやると、相手を確認するが早いかヴァンスがいきなり斬りかかった。
が、相手も相当な剣の使い手らしい。
2本の刀を受け止めると、そのまま押し返して来た。
一旦引いて構え直したヴァンスの瞳は憎悪の炎で燃え上がり、もうその男しか見えていないようだ。
「包丁以外の刃物も使えるのか?出世したなぁ、あのチビが」
挑発的な笑みを浮かべる男に向かって再び斬りかかったヴァンスに、普段の冷静さは全く窺えなかった。



「ねぇロゼ、ヴァンス…大丈夫かな」
弾の切れた銃に素早く銃弾を詰め替えるロゼの肩越しに、パールが心配そうな声を出した。
素人目に見ても、ヴァンスの取り乱し方は目に見えて分かったようだ。
「あのバカ、完全に回り見えなくなってるな…」
呆れたように呟くと、ロゼは急に銃を構えてヴァンスの足元ギリギリの所を狙って撃ち込んだ。
足元で弾けた銃弾に驚き、後ろを振り返るヴァンスにロゼが怒鳴った。
「ヴァンス!お前ジャックに何て言われた?!お前の敵はそいつじゃねぇんだろ!」
「…悪い」
横目でロゼのほうを向いて呟くように言うと、くるりと向き直って構え直す。
「お前が俺に勝てると思ってんのか!!」
男は余裕の笑みを浮かべて挑発的に剣先をヴァンスの元へ向ける。
「…お前なんか…敵じゃない」
どこか自分に言い聞かせるようにヴァンスが呟くと同時に、男が凄い勢いでヴァンスに斬りかかって行く。
パールは思わず目を閉じた。
しかし、パールの想像した最悪の瞬間は訪れなかった。
鋭い刀が肉を穿つ鈍い音と共に、ヴァンスの低い声が聞こえる。
「油断しすぎだ。…昔の俺だと思うなよ」
パールが目を開いた時にはもう別の敵が倒れていくところだった。
「ヴァンス、あんなに強いんだ…」
「あいつはまだまだだ。ジャックはあんなもんじゃないぜ」
ロゼがどこか得意そうに呟くのと、敵の海賊団の船長が叫んだのはほぼ同時だった。
「てめぇら全員船に戻れ!!加勢しろォ!!!」
こちらの船に乗り込んでいた敵も、急いで戻って行く。
いつの間にかジャックの周りにいる敵は数えられるほどに減っていた。
仲間がほぼ船にもどったのを見ると、船長がサッと右手を上げた。
それを合図に、団員達がゴーグルをはめる。
その様子を見ていたヴァンスが急に怒鳴った。
「ジャック!催涙弾だ!!」
「え?」
「…遅い!」
きょとんとしているジャックの周りで小さな爆発が起こり、濃い紫色の煙で周りが満たされる。
「さすがのてめぇも見えなきゃ手出しできねぇだろう!今だ、かかれっ!!」
煙の中に次々と敵の団員が入っていく。
次々に金属音と鈍い音が聞こえた。
「ジャック!!」
敵船へと飛び移り、ジャックの元へと駆け出そうとしたヴァンスの後ろで声が響く。
「船長より自分の身を心配するんだな」
はっと気付いたヴァンスが体勢を立て直そうとするも間に合わない。
振り向きざまのヴァンスへ、唸りを上げた剣が振り下ろされる。
――避けられない。刀で防ごうとした体制のままヴァンスは思わず目を閉じた。
しかし次の瞬間、自分の頭上で鋭い金属音が響く。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた後姿があった。
自分に切りかかってきた敵の戦闘員を軽々と斬り倒す。
「ジャック…?どうやって…」
「目って2つあるんだぜ。お前知らないの?」
軽い口調で切り返し振り向いたジャックを見て、ヴァンスは息を呑んだ。
見慣れた青の左目は、先程の催涙弾によって負傷しているようだ。
赤く充血した目を溢れ出した涙で濡らしている。
そして、いつも眼帯をしていた右目が…緑色に、光っていた。
「…何だ、その眼は」
「あぁ、コレ?…まぁ気にすんなよ」
そう言うと、らしくもない苦笑いを浮かべて軽く肩を竦めた。
「それよりほら、なにボケッとしてんだよ。さっさとお宝いただきに行こうぜ」
「…でもまだあいつらが…」
「あいつらってアレか?」
ジャックが視線で示した先には、斬り倒された海賊団の面々が山となって積まれていた。
唖然としてヴァンスがジャックに目をやるも、それには気付かずに負傷した左目をこすっている。
「ちっ、催涙弾とか卑怯な真似すんじゃねぇよ…」



「あいつ、あの一瞬で…」
長くこの船に乗っているロゼも流石に驚きを隠せない様子だ。
だがそれよりも更に驚きを隠せない様子でジャックを見つめているパールの姿があった。
「あの眼の色…」
パールの脳裏に浮かんだのは、フォルサレムの事だった。
島国の広がるこの地域では、ほとんどの国の住人が青い眼をしている。
しかしその中で只一つ、フォルサレムの住民だけがなぜか緑色の眼を持っていたのだった。
ジャックの右眼の色はつまり、フォルサレムの血を引いていることを証明していた。
「ジャックはハーフなの?」
驚きはしているものの、どこか感心した表情でジャックを見つめるロゼに訊ねると、首を傾げて答えた。
「あたしもあいつの眼見たの、初めてなんだ。あいつ、あんまり自分の事話したがらないしな」



それからは忙しかった。
元々細かいことは気にしない性分なのか、誰一人としてジャックの眼の色に驚くものもいない。
そんな事よりも、倒した敵から奪った宝物の品定めと勝利の宴の方が彼らにとっては重要らしかった。
いつもは無愛想なヴァンスも、代わる代わる仲間達に肩を叩かれ今日は少しだけ嬉しそうだった。
「パール!お前もこっち来て飲めよ!!」
ジャックが大きなジョッキを掲げて手招きしている。
「お酒なんて飲んだことないよ?」
戸惑いながらも、パールは楽しかった。
今までも、王宮では幾度と無く宴には参加したことがあったが、こんなにも賑やかで、騒がしい、楽しい宴は初めてだった。
月の無い暗い海の中、ウルフ海賊団を乗せた船だけが場違いなほどに明るい光を放っていた。





「パール、ちょっと俺の部屋来てくれるか?」
騒がしい宴も一頻りついた頃、他には聞こえないほどの声量で不意にジャックが声をかけてきた。
いつものジャックとはどこか違う…いつもしていた眼帯がないせいかもしれないが…そう感じた。



「悪いな、わざわざ」
部屋に入ると、いつもの見慣れた笑みを浮かべる。
ランプの光が鈍く光る薄暗い部屋の中で、青と緑、二色の眼が静かに光っていた。
違う人を見ているみたいだ―――
そんな事を思っていたら、ジャックが苦笑を浮かべた。
「気になるか?俺の眼が」
「少し…あ、あの、ジャックはハーフなの?フォルサレムとの?」
言いにくそうに訊ねたパールの最後の言葉を聞いて、ジャックが驚いたような顔をした。
「お前、アクロチカの人間だろう?…どうしてフォルサレムの事を」
「ちょっと…ね」
困ったような苦笑いを浮かべるパールを不思議そうに見ていたジャックがふいに首から金のペンダントを外してパールに差し出した。
「お前この文字読めるか?」
「文字?」
差し出されたペンダントを怪訝な顔で受け取ったパールが繰り返す。
不思議そうな顔のままペンダントに目をうつすと、驚いたような声を上げた。
「…フォルサレムの文字じゃない。どうしたの?これ」
「俺の親父…前の船長がな、死ぬちょっと前に俺に渡してくれてたんだ。
 あいつの話では俺の母親かららしいんだけど、この船に異国の文字が読めるほど頭の出来た奴がいなくてね」
笑いながらお前なら読めるかなと思って、と付け足す。
「ちょっと待ってね…」
そう言うと少し眉間に皺を寄せて小難しそうに顔をしかめて読み始める。
眼の色だけでなく、文化も他とは異なったフォルサレムの文字を読める外国の者など、そういないに違いない。
ジャックはらしくもなく落ち着かない様子でパールの様子を窺っている。
暫く時間がたった後、難しい顔をして文字を読んでいたパールが「え?」と小さく声を漏らしたまま動きを止めた。
「何か分かったか?」
どうも様子がおかしい、と促すようにジャックが声を発するが、その顔とペンダントに交互に目をやりながら尚もパールは黙ったままだ。
「なぁ、何か変な事書いてあったのか?」
痺れを切らしたように急き立てるジャックの問いには答えず、おずおずとパールが尋ねた。
「ジャックはお母さんに会った事あるの?」
ジャックはなぜそんな事を聞くのか分からないといった表情を浮かべている。
「いや、ねぇな。物心付いた頃にはもうこの船に乗ってたし。
 実際前の船長が父親だって知ったのもあいつが死ぬ一週間ぐらい前だったしな」
有り得ねぇだろ?と笑うジャックを見て、パールはそれで納得がいった、という顔を見せる。
「あなたは…フォルサレムの王妃様と海賊の船長の間に産まれた子供よ」
「…はぁ?」
今度はジャックが動きを止める番だった。
「王妃だと?」
「フォルサレムの王家のシンボルを知ってる?」
持っていたペンダントを差し出しながらパールが聞いた。
「…いや」
差し出されたペンダントを受け取りながら首を振るジャックだが、勘の良い彼のことだ、気付いているだろう。
「何だと思う?」
間髪入れずに聞いたパールの問いに、ジャックが呟くように、確かめるように答えた。
「…獅子、か」
「正解」
2人の間にしばらく沈黙が流れた。
「…そういう事か」
押し黙った沈黙を破るようにジャックが呟く。
「そういう事って?」
「これを渡された時、あいつが言ったんだ。狼が自分を、獅子が母親を表してるって」
そう言って再びペンダントに目を落とす。
「…『二色の目を持つ海賊王子
    あなたはあなたの愛する人と幸せになって下さい。
    エルドリックとあなたの幸せをいつも願っています。
     フォルサレム王国 第3代王妃 リリア・ウルフ・フィルメア』
王妃様…本当はあなたのお父さんと一緒になりたかったのかもしれない。…親が決めた相手とじゃなく」
下を向いているせいかもしれない。
パールの瞳は青く、深く、どこか遠いところを見ているようだった。
「…パール?」
心配そうに自分を見下ろす視線に気付くと、パールは急に不自然なほど明るい声を出した。
「びっくりしちゃったよ、ジャックにフォルサレムの王家の血が流れてるなんて!全然ガラじゃないんだもん」
「うるせぇな、自分でも分かってるよ」
落ち着かない様子で手の中のペンダントを弄びながら、ジャックが苦笑に近い笑みを浮かべる。
王家の血が流れていようがいまいが、物心もつかないうちからこの海賊船に乗っているのだ。
王家というよりはやはり、海賊の血が強いようだった。
もしジャックが王宮で暮らしていたら、別の場所で出会っていたかもしれない…
そんな事を思ってると、首に掛けたペンダントを指で触りながら、遠慮がちにジャックが声を上げた。
「あのさ、この事、あいつらには…」
「分かった、内緒ね」
だんだんと小さくなるジャックの声を受け継ぐように言ってパールが笑う。
そんなパールを見て、ふっといつもの表情が戻る。
どこか人をからかっているような、お世辞にも品がいいとは言い難い笑い顔。
けれどそこには、何か不思議な温かさがあった。
「じゃあ私、部屋に戻るね」
「ああ、わざわざ悪かったな」
軽く手を振ってパールを見送ると、ランプの火を消してベッドにどかっと寝転んだ。
首にかかったネックレスを、顔の前まで持ってくる。
そこにはやはり自分にはさっぱり訳の分からない、異国の文字が並んでいた。
「二色の目を持つ海賊王子、ね…。そういう事はちゃんと教えろよな、あのクソ親父め」
部屋の小さな窓からは、濡れたように黒い空と波立つ海が見える。
いつもと何ら変わらない風景。
暗闇の中で、目の前のペンダントだけが、鈍い光を放っている。
「コレを渡された日も、こんな感じだったな…」
懐かしむようにそう呟くと、強い眠気に襲われてゆっくりと目を閉じた。
昔を懐かしむように、ふっと口元に笑みを浮かべながら。

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